あおぞら財団 全国公害患者の会連合会の視察に参加して 星 純子(東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程1年)
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全国公害患者の会連合会の視察に参加して 星 純子(東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程1年)

わたしは高雄県美濃鎮で美濃のダム建設反対運動、まちおこしなどの調査をしています。今回はわたしも初めて美濃を訪問したのですが、日本からの視察が来ると現地で聞き、急遽お手伝いさせていただくことになりました。

高雄市教師会との交流

高雄市教師会で台湾の環境に関するスライドをみた後、質疑応答がありました。環境運動への専門家のかかわり方、訴訟など法律的手続きとの関係などについて日本側から質問がありましたが、これらは台湾と日本の環境運動の違いを端的に示す質問でした。法律家や科学者ではなく、政治家に早急な解決の助けを求める傾向のある台湾と、弁護士や科学者も参加し、法律的手段によって何十年という時間をかけて問題を解決する傾向のある日本には互いに学ぶところがあったと思います。

その後、高雄市教師会のスタッフがバスと船で高雄市内を案内してくれました。高雄市は現在でも世界最大級の港ですが、もとは現在の中心部から離れた「浜線」という地域を中心に、日本人によって設計された港です。日本が日本統治期に高雄を南進の基地と位置付けていたこともあって、高雄は港周辺を中心に飛躍的に発展し、現在は中国鋼鉄や中国造船などの大企業が集まっています。また日本統治や400年前のオランダ統治期の名残をも多くとどめています。半世紀以上前の日本風の平屋建ては、何やら懐かしいものでしたが、ここに台湾が単なる一外国ではない旧植民地であり、日本の歴史を逆に日本人に見せているような歴史の重みを感じました。

同時にここ十数年で急激に民主化を遂げる以前このような郷土史・台湾史にほとんど関心を払ってこなかった台湾で、高雄市の教師たちが十数年の間にこれほどよく郷土史を勉強していることに驚かされました。台湾では総じて小・中・高の教師の地位が高く、郷土史の教育や研究に大きく関わっていますが、教師たちの地道な活動が現在結実したといえます。さらに普通の教師会は教師が教師会の運営を兼任するのですが、ここ高雄市教師会では、学校では教えず特に教師会を運営する専従スタッフを教師の中から派遣しているとのことで、環境教育の地盤が整っていると感じました。

美濃にて

高雄から高速道路で約1時間、漢民族の少数派である客家の多く住む高尾縣美濃鎮(鎮は日本の行政単位でいう町に相当)につきました。美濃は山と森に囲まれた、葉タバコを中心とする農業の町ですが、ここ10年間、ダムを美濃に建設するという計画に住民が環境、「少数民族」客家という二つの面から反対運動を続けてきた町でもあります。2000年に総統(大統領)が民進党に交替してからは、「美濃ダムを自分の任期内には作らない」という総統の宣言が2000年に出たこともあって、コミュニティの環境改善やエンパワメントにも重点をおき始めています。

美濃に着くとまず、雙渓熱帯樹木園に行きました。ここは日本統治期の1935年に設立され、この樹木園にしか残らない希少な種もあります。また、同じく日本統治期の1909年に建てられたバロック風の竹子門発電所やそこから美濃全体を流れる灌漑用水路、葉タバコを干す大阪式乾燥小屋を見学しました。一度発電機が古く非効率的という事で所有者の台湾電力が竹子門発電所を取り壊す計画がありましたが、美濃の住民の反対で、建物だけでなく日本統治期当時のドイツ製発電機までもが今も現役で稼動しています。ここでも日本の歴史を見ずにはいられませんでした。しかしさらに驚いたのは、ガイドの一人である30歳すぎの小学校の教師が非常に流暢な日本語を話すことでした。日本統治期の教育を受けた老人ならともかく、若い世代が日本語を学び、上の世代とは違う感覚で自分たちの歴史を見直しているという事実に感銘を覚えました。同時に、この若い世代を中心とした今後の台湾人と日本人の交流のあり方についても考えさせられました。日本人がこんなにも日本と連続性を持つ台湾をもっと知る機会があってもいいし、また視察・訪問という形ではなしえない継続的・互恵的な交流を進める必要があると思います。

夜、美濃愛郷協進会総幹事(日本でいう事務局長に相当)の張正揚さんが美濃ダムの安全性、これまでのダム建設反対運動の今後や将来について報告しました。張さんの報告からは、美濃愛郷協進会が国内外での連携を進め、国会での抗議だけではなく、学校、メディア、出版物を通して幅広いアウトリーチに努めてきたことが分かりました。さらに、自分の村にダムができなければいいという一種のエゴイズムではなく、全台湾の水利政策を問い直す活動をしてきたこと、美濃愛郷協進会の大学生青年会(後生会)を中心に青少年向けのエコツアーやサイクリング、客家語スピーチコンテストなどまち全体を元気づけようとしていることが分かりました。質疑応答では、補償金によって懐柔され、地域内で対立がおこるという日台共通の問題に美濃がどのように取り組んだのかという質問がありましたが、それには、補償金を絶対に受け取らないようにした、さらに半年にわたり美濃の全世帯をまわって民意調査を行ったなどの努力が紹介されました。日本側からは日本の制度的問題や半導体産業の水利用についての話があり、似た問題を抱える日本と台湾が問題を解決していくヒントになったと思います。

11月1日

朝、美濃のはずれにある高屏渓の河川敷に建てられている小型焼却炉を見学しに行きました。台湾ではゴミの約半分以上が埋め立てられ、焼却されるのは約4割ですが、最近リサイクル率が上がっていることもあってゴミは減っています(『新故郷』2001年7月)。また、大型の排煙装置つきの焼却炉ができたにもかかわらずこの小型焼却炉は稼動しています。この小型焼却炉は排煙装置がなく、河川や大気の汚染源になっているとして、美濃環境保護連盟では高雄県長に陳情に行ったり、記者会見を首都台北で開いたりしていますが、専従スタッフがいないこともあって活動はそれほど大規模ではないようです。この後、全大会ということで日本ではゴミを埋めずに燃やすという発想があるという「焼却文化」の問題、またどのような手続きでゴミ焼却炉を作るのかという手続き的な問題が話し合われました。民主化が進んでまだ十数年しかたっていない台湾では、戒厳令期に住民の同意なしに計画された焼却炉、ダム、発電所などの事業が、民主化後にそのまま行われようとして反対にあっています。それらの問題は台湾では選挙などで議題にのぼり、政治的な決着をみることが多いというのは高雄市教師会でも話が出たのですが、この日は焼却炉についてゴミ処理方法=「文化」というさらに一歩進めた議論ができたと思います。

屏東にて

ここで、美濃から屏東に移動しました。ここからは屏東県のコミュニティ・ビルディングを手がける非政府組織である藍色東港渓保育協会のスタッフが採石場などを案内してくれました。農民の無知を利用して土地を買い上げて採掘し、採掘後にできた穴に産業廃棄物を埋めてしまい、農民が何も知らずにその上から作物を植えてしまう、最後にはもう一度汚染された土壌を掘り返すなどの問題の説明がありましたが、日本と問題が類似しており、共同で解決策を考える必要があると感じました。もう一つ、藍色東港渓保育協会が手がけた親水機能を持つ広い公園を見学しましたが、こちらには台湾政府が環境を含めたコミュニティ・デザインやまちづくりに重点を置いている姿がうかがえました。藍色東港渓保育協会では屏東県コミュニティ・カレッジを運営したり、若いスタッフが屏東県内のコミュニティを地区ごとに担当し、まちづくりの助言にあたっていますが、住民への教育がなかったことから、上記の採石場の問題が起きたり、まちづくりや郷土教育に関する理解がなかったりなどの問題があります。中央から資金は大量に出ていますが、その効果が現れるにはもう少し時間がかかるようです。

11月2-3日 APNEC-6

高雄で、第六回アジア太平洋環境NGO会議(APNEC)に出席しました。開会式では、プログラムには書いていなかったのですが陳水扁総統(大統領)が来てあいさつするなど、台湾がNGOを重視しているという姿勢を強くうかがわせるものでした。

報告内容は、時間が30分と短かったため、新しい内容を報告するというよりは、自分の研究・活動の紹介になっていましたが、これだけ膨大な数の報告がなされ、膨大な人数が様々な地域から集まって顔を合わせていることを考えたら、それはそれで意義深いのだと思います。特に興味深かった三つのことは、一つは、米軍基地反対運動などイシューごとのNGOのコラボレーションやネットワーク作りが非常に進んでいること。二つ目は、そのコラボレーションが美濃愛郷協進会のようなローカルなコミュニティ組織の間でも進んでいるということです。そして三つ目はそれらのコラボレーションなり国際的な活動が、往々にして各地域が抱えている事情を捨象しがちであるということです。例えば、台湾でこれだけ豪勢に会議を主催するということは、当然来るべき中国でのAPNECの開催に対抗するものだという政治的な感覚は、日本環境会議をはじめとする大部分の日本人には希薄だったと思います。そういう各地域の背景を捨象してこそ「国際的」に問題解決が図れるのかもしれませんが、それには何か思わぬ陥穽が待ち受けているような気がしてなりません。

今回、全国公害患者の会連合会の視察旅行に同行させていただくにあたり、あおぞら財団の矢羽田薫さんをはじめ全国公害患者の会連合会の旅行参加者の皆様にたいへんお世話になりました。深くお礼申し上げます。