公害の資料とは
公害問題資料って何ですか?(1) ~資料の種類と保存状況~ 片岡法子 (『Libella』No.66,2002)
あおぞら財団では、設立準備会設立当初(1996年)から公害問題を扱う博物館のあり方について検討をすすめてきました。現在でも大気汚染問題関係資料の 保存・活用のあり方についての調査を継続しています。 さて、ここでいうところの「公害問題資料」ですが、何を指して保存・活用の対象としているのでしょうか?あおぞら財団が保存の対象として扱っている資料の 一部を2回にわたって紹介します。 1回目の本稿では、資料の作成者の視点からみてそれらの資料がどういう状況で保存されているかについてです。
1.行政資料
いわゆる公文書を指します。資料を作成した各部局や公文書館に保存されている他、刊本に関しては、行政資料室や図書館などでも閲覧できます。
2.企業関係資料
各事業者の他、経済・産業団体などが作成した資料です。各調査資料や会議録、社内・業界新聞、社史、広報資料などが想定されます。原則として各資料の作成 主体が保存しているものと考えられますが、公開体制もなく、その実態は明らかにされていません。
3.公害反対住民運動資料
各地域の公害病患者の会、各種市民団体、運動に携わった個人などが作成した資料です。日々の活動記録、会議のレジュメや記録、総会議案書、会計資料、機関 誌、ビラ、写真、会員情報、他団体の資料、活動上必要な収集資料、集会などで作成した資料や横断幕などの現物資料、冊子やビデオ等の普及物などがありま す。原則として各作成主体者がとりあえず保管している状態ですが、事務所の移転などに伴い、すでに廃棄されたものも少なくありません。
4.弁護団資料
まず、訴訟記録があります。原告・被告双方が裁判所に提出した訴状、準備書面、書証類、および調書や判決文などがあります。この中には、原告のカルテ、聞 き取り資料、履歴などを記した個人情報が多く含まれています。また、裁判上争点となったデータや資料、論文などは、各専門家の見解とともに記されており、 人文・社会科学、自然科学、各分野の基礎的な資料が揃っています。それ以外に、これら資料を作成するために収集した書籍やコピー類などがあります。これら 資料は、弁護団事務所、または各弁護士事務所などがとりあえず保管しています。 次に、弁護団として作成した資料があります。弁護団としての活動記録、会議録やレジュメ、関係団体の資料、活動記録、裁判所や被告との交渉記録、裁判や運 動の状況を分析した記録などがあります。これらの資料は、個人や弁護士事務所が保管している場合が多いです。
5.専門家の資料
医学(疫学、臨床学)、気象学、工学、理学、法学、経済学、社会学、歴史学など様々な分野があり、それぞれの学者が収集・作成した資料があります。ほとん どは個人が所蔵しており、多くは廃棄されています。各大学や研究機関などに寄贈・寄託されて保存される場合もあります。
6.公害反対運動以外の民間資料
医療関係者、教育関係者、各種労働組合などが想定され、それぞれの活動分野に関して収集・作成された資料が中心になります。例えば、教育関係者ならば、子 どもの絵・作文や学習記録などがあります。養護教諭などによる健康調査記録なども重要な資料です。
7.報道関係の資料
新聞・テレビ各社が作成した資料です。情報や映像が資料となりますが、ほとんどは各作成主体が保存しています。
8.上記以外の個人資料
公害病患者個人やその家族、運動の主体者および支援者などがこれにあたり、病気の記録、公害手帳、医療器具、個人の日記や手紙などがあります。これらの所 蔵状況は、全くといっていいほど分かっていないのが現状ですが、本人や家族によって保管されていると考えらます。 (かたおか のりこ:研究員)
公害問題資料って何ですか?(2) ~資料の活用事例~ 片岡法子(『Libella』No.67,2002)
前号では、あおぞら財団が所蔵している公害問題資料について、その種類と保存状況についてのレポートを行いました。 2回目の本稿では、こうした資料を使うと何が分かるのか、その活用の一事例を紹介したいと思います。
①訴訟記録
訴訟記録は、大気汚染裁判に関する原告・被告双方の弁護団が作成した資料で、いずれも裁判所に提出されたものです。過去の大気汚染問題に関する巨大な資料集ともいえます。 まず、証人調書について。調書とは、訴訟法において作成の権限を有する者が一定の場合に法定の事項を記載した書類のことで、証拠として裁判の資料となるものです。証人とは、裁判所から過去に経験した事実について報告を命ぜられた第3者で、証人調書は、その人の法定における発言記録ということになります。したがって、裁判の争点だけでなく、証人の学術上の見解、学問に対する考え方や姿 勢にいたるまで明らかになります。また、証人の経験や体験に関する証言も記録されているので、一種の聞き取り資料としても活用することができます。 次に、準備書面について。準備書面とは、民事訴訟で、当事者が口頭弁論において陳述しようとする事項を、あらかじめ記載して裁判所に提出する書類のことです。西淀川公害裁判での準備書面には「被害論」の部分があり、ここでは、この裁判における個人情報が記載されています。項目としては、生年月日、出生地、現住所、最終学歴、職歴、家族構成、病歴、被害状況があり、どの様な人々が原告となったのか、生活史の視点から分析をすることができます。ただし、プライバシーに関わる情報なので、活用の方法に関しては十分な考慮が必要です。 次に、書証について。書証とは、民事訴訟上、文書の内容を証拠資料とするための証拠調べです。ここには、裁判上争点となる各分野の関連論文、データ、調査結果、公文書、新聞記事など様々なものが掲載されており、大気汚染問題に関する基本的な文献や情報を得ることができます。 最後に、判決文について。判決文とは、判決を下した事実・理由および判決主文などを記載した文書であり、裁判官が作成したものです。ここでは、西淀川地域での大気汚染の概要が総論的に知ることができ、各項目についても辞書的に解説されています。また、重要なデータ経年で整理されて掲載されており、基礎資料としても活用できます。
②公害病患者の会所蔵資料
公害病患者の会は全国各地に存在しますが、ここでは、大阪市にある西淀川公害患者と家族の会が所蔵する資料について取りあげます。同会の活動の概要を知る資料としては、機関誌および総会議案書があります。これらは、会が設立された1972年以来、現在にいたるまで定期的に発行されており、その時々の活動報告や状況分析、公害病認定患者数の推移が掲載されています。活動報告では、他団体との関係や行政の動き、企業との関係が分かるだけでなく、会員による学習会の内容や健康回復のための活動、公害病認定手続きに関する情報など詳細に記されており、互助組織として会の果たした役割も知ることができます。
③個人資料
個人資料は、資料を作成した本人または家族が、資料保存機関に寄贈・寄託などをすることによって公 開される場合が多いです。 ここではまず、田中千氏資料を取りあげます。 田中氏は大阪市西淀川区にある千北病院の元技師で、西淀川公害患者と家族の会の設立にも関わった人物です。1998年にご本人から(財)公害地域再生センターに資料が寄贈されました。内容としては、1970年代の大阪市西淀川区における公害反対住民運動に関する資料で、「西淀川公害患者と家族の会」設立に関する資料や、大阪府内全域の公害問題を取りあげている市民団体「大阪から公害をなくす会」の設立に関する資料も含まれています。具体的には、会議のレジュメが個人のメモとともにファイルされたもの、会の運動方針に関するレジュメや活動記録、住民による公害問題の学習のための資料やその資料を作成するために収集された情報、行政や企業の作成文書、他団体の資料、投稿論文や報告原稿、新聞の切り抜きなどがあります。公害問題が最もひどかった時期における被害状況や個人の見解、市民運動が果たした役割やその必要性などを知ることができます。 次に、井上善雄氏資料です。井上氏は、西淀川公害訴訟弁護団の設立当初からのメンバーで、あおぞら財団が資料収集・保存を実施しているということを知り、当財団へ資料を寄贈しました。内容としては、1960年代以降の弁護士による公害問題への関わりに関する機関誌の縮刷版や会報などのコピー、道路公害問題に関する住民運動の機関誌などがあります。法曹関係者の動きから、社会問題としての公害問題がどのように社会全体に認識されていったのかを知ることができます。 以上の他にも、現在では多くの方々から様々な資料が寄贈・寄託されています。上記はほんの一例に過ぎません。公害病患者さんの高齢化がすすむなかで、歴史の記録と同時にその資料をどのように残していくかは大きな課題とっています。しかし、これらの資料を保存し続け、より多くの人が利用できる状態にするためには、あおぞら財団ような小さな団体のみの力だけでは限界があります。各地の団体や個人とのネットワークを強化しながら、これら資料を保存する意味の社会的地位を名実ともに確立していればと思います。 (かたおか のりこ:研究員)