あおぞらイコバ 佃でみせ 第3弾 インターン生リポート(8/19)

8月19日(火) 13時より佃会館で、
あおぞらイコバ 佃でみせ 『佃のむかしってどんなところ? 聞いて 食べて しゃべって PART3』が開催されました。

主催はあおぞら財団、佃史探求 風とみどりの会の協力のもとでおこなわれました。 参加者は、佃在住のみなさん8名、八木さん率いる「佃史探求 風とみどりの会」のみなさん3名、西淀川区役所の萩山さん、大阪市立自然博物館の長谷川さんなど、その他財団スタッフからインターンシップ生まで31名集まりました。
佃の夏の風物詩である「箱ずし」を作って食べながら、大阪市立自然史博物館の長谷川匡弘さんのお話を聞いて、「藪床」とは何か藪の植生から佃の歴史を探ります。

はじめに、箱ずしを作ります。道具がそろいました。この押し枠が箱ずしの形を作ります。

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まずは生利節を小さくほぐしていきます。

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こんなに細かくなりました!

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次に生利節を酒、砂糖、醤油で甘辛く煮ていきます。

煮立てると、ほんのり色づいてきて、たちまちいい香りが…!

ご飯と一緒に食べるので、少し濃い目に仕上げるのがおすすめです。

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付けあわせのしょうがとたくあんの準備もいっしょに。

たくあんは輪切りではなく、短冊切りにしたほうがおいしくいただけるのだとか。

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ご飯が炊けたので、今度はすし飯作りに挑戦です!

斜めからしゃもじでご飯を切るようによくかき混ぜて、うちわでよく冷まします。

すし酢を入れる量は目分量。さすがです。

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いよいよ すしを箱につめていきます。

まずはすし飯。つぎに生利節。

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最後に大葉を散らして、ふたをし、ぎゅっと押します。

あまり押しすぎるとすし飯がべちゃべちゃになってしまうので気をつけて!

半回転して左右を逆にしてもう一度押すと、左右均等に押すことができます。

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押し型の枠を先に抜いて、上下をひっくり返します。

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底をきれいにはがして、(底はすし飯にしっかりくっついていたので、包丁をお酢をいれたお水でぬらしてはずしました)

今度はふたを持ってひっくかえしながら

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お皿に盛り付ければできあがり!! おいしそう!!

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会場の準備も出来上がって、参加者も続々集まってきました。佃でみせ、いよいよ始まります!

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おいしくいただきます!!

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そして、自然史博物館の長谷川さんのお話。

佃地域はかつて藪の根が四方に張っていたため「藪床」といわれていました。

「藪」とはいったい何なのか。「藪」からかつての大阪湾の自然を考えるというテーマで、ユーモアたっぷりにお話してくださいました。

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今は大阪湾は埋めたてられてかつての藪床は見ることができません。また、資料も残されていないため、昔の佃の様子を知るには、古地図や石碑などから考えていくしかありません。

それらから照らし合わせて考えた結果、「藪」とはアイアシのことではないか、という結論に至ったそうです。

このように人がどのように自然に手を加えてきたのか知ることができるのは年々困難になっており、今が最後のとき、もしくはもうできなくなっているかもしれないのです。

大阪湾の1800年代の植生の標本があるのはアメリカ、イギリスだったりします。日本には標本を残すという習慣がありませんでした。今できることを考えていきたいですね。

長谷川さん貴重なお話ありがとうございました!!

最後に見市家資料館を資料を見せていただきました。

普段一般公開していない蔵の中には大阪の古地図や防災回覧板などがたくさん!!大きなまちも昔は村だったり、とても興味深く、参考になりました。
また豊臣秀吉や大塩平八郎にまつわるお話を聴くこともできました。見市さんありがとうございました!!

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さいごに、今回参加した方々のアンケートの一部を載せておきます。

・生まれてこのかた20年以上、ずっと佃で育ってきました。にもかかわらず、本日頂いた箱ずしもお聞きしたお話も、見せていただいた資料館もすべて初めて触れる事柄ばかりで非常に勉強になりました。ありがとうございました。

・地元の歴史を学ぶ機会があるのは素晴らしいことと思います。植生から歴史をひもとくというお話は興味深かったです。別の機会にこのような催しを企画してみようと思いました。

・貴重な資料を見ることができたのが、ありがたかったです。地域の方との様々な形でのつながりは自然科学の分野からも大事です。これからもよろしくお願いします。

・とても充実した内容で西淀川(佃)地域の見る目が変わりました。歴史を勉強しなおして、もう一度訪れたいと思います。地域の方々と学生の交流がもう少しあるといいなと思いました。

・見市家の資料館も見ることができて幸いでした。「藪床」だけで、あれだけ話せることに感心しました。阪神の「藪」が一番うけていましたね!

・たいへん勉強になりました。こういう場が地域の歴史を伝えていくうえで重要だと思いました。

・お寿司もおいしかったし、思いがけず見市さんの資料館も見学させていただけて、お話も聞けたのでたいへんよかったと思います。

などなど...

当日は大変暑い日でしたが、たくさんの方に来ていただき、佃のむかしを知ってもらうことができました。

私は今回初参加でしたが、地域の方とお話したり、大阪湾の歴史を知ることができたりたいへん考えが深まりました。

箱ずしづくりも初体験でしたが思っていたよりも簡単にできるので、おすすめです。

地域とのつながりの大切さ、またそこから学べることはとても多いということを改めて感じました。

これから大切にしていきたいと思います。

(あおぞら財団インターン 近畿大学 井實 彩嘉)

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再掲【8/19】佃でみせ第3弾!「藪床」って何?謎解き始まる

あおぞら財団には、西淀川の環境まちづくりにとりくむために、いろいろな人が、出会い、憩い、つながる場所として、地域交流スペース「あおぞらイコバ」があります。
このイコバの出店と称して始めたコミュニティカフェが「○○でみせ」です。
「佃でみせ」は2012年度、2013年度と開催。その成果は下記のページでご覧いただけます。
詳しくはコチラ

第3弾の今年は、古地図に記載のある「藪床」の謎に迫ります。

写真中ほどに縦に広がるのが当氏の佃島。右上の白っぽい部分が佃村で、その中に「藪床」と書かれています。
写真中ほどに縦に広がるのが当氏の佃島。右上の白っぽい部分が佃村で、その中に「藪床」と書かれています。

「藪」と聞くと、竹やぶとか、低木がたくさん生えているようなところでしょうか?
けどこのあたりは農業をするにも、海が近くて苦労したと聞くし・・・??

そんな疑問を抱えていたところに協力な助っ人登場!
大阪市立自然史博物館の長谷川匡弘さんが
謎の解明に協力してくださることになりました。

そこで本日、古地図を保存している見市家資料館を訪れました。
(資料館は一般公開していません)

「佃史探求 風とみどりの会」の八木さんにもご同行いただき、
古地図をひとつずつ見ていきます。

「佃はどこ?」「“芝”原っていう地名も気になりますね」
「佃はどこ?」「“芝”原っていう地名も気になりますね」
八木「昔、見市さんとこを『藪床』って呼んでたわ」長谷川「地名を屋号として使ってたのかもしれないですね」
八木「昔、見市さんとこを『藪床』って呼んでたわ」長谷川「地名を屋号として使ってたのかもしれないですね」

いろいろなタイプの地図があり、中には色分けをして「田」「畑」など表記しているものもありますが、「藪床」についてはひとつの地図にしか記載はありませんでした。
他には「よし」「あし」といった表記がちらほら・・・。

こんな形の地図も。左上に「佃」とあります。
こんな形の地図も。左上に「佃」とあります。

私には地図だけをみても「藪床」の謎はさっぱりわかりませんでしたが、
長谷川さんは「なるほど~」となにかわかってきた模様・・・!

資料館見学後、長谷川さんから「このあたりに、手の入っていない空き地はありませんか?」とリクエストが。
八木さんが案内してくださったのは、佃の墓地と田蓑神社。
長谷川さん墓地の間や神社の端の方などの植物を観察されていました・・・。

墓地の中をキョロキョロ
墓地の中をキョロキョロ
長谷川さんだけ参道から外れて行きます・・・
長谷川さんだけ参道から外れて行きます・・・

残念ながら、昔からの植物などは発見できなかったようですが、
少ない情報から長谷川さんの推理は始まっています!

「藪床」の謎を知りたい方は、佃でみせへご参加ください!

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あおぞらイコバ・佃でみせ
佃のむかし どんなところ?
聞いて食べてしゃべって
PART3
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日 時:2014年8月19日(火)13:00~15:00
場 所:佃会館 http://bit.ly/WPqhl1
定 員:25名
軽食代:500円
大阪西淀川の佃地域の昔についてお話を聞いて、
西淀川地域でよく食べていた「箱ずし」を頂きながら、
世代を超えて楽しくおしゃべりしましょう。
今回は「藪床」の謎に迫ります。
佃地区の古地図をみる「藪床」という文字があります(チラシ参照)。
「藪」の「床」ってなに?!
昔の佃はどんな環境だったんでしょう?
藪の植生からその謎に迫ります!
当日伺ったお話しや情報は、
ホームページやパンフレットにまとめて、
西淀川の多くの人に知ってもらえるようにします。
ご参加、お待ちしています!

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あおぞらイコバ 佃でみせ PART3

第1回(2012年12月17日開催)の様子はこちら
第2回(2013年5月27日開催)の様子はこちら

協 力:佃史探求 風とみどりの会
主 催:あおぞら財団
申 込:あおぞら財団までご連絡下さい
〒555-0013 大阪市西淀川区千舟1-1-1あおぞらビル4階
TEL:06-6475-8885  FAX:06-6478-5885
webmaster@aozora.or.jp
http://www.aozora.or.jp

企画運営委員(敬称略)
小田康徳(大阪電気通信大学)
高田研(都留文科大学)
西村仁志(広島修道大学)
清水万由子(龍谷大学)

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資料館だより49号(2014年8月号)を発行しました。

資料館だより49号を発行しました。

エコミューズやあおぞら財団に配架しています。

資料館だよりNo.49(2014年8月号)

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PDF版はこちらからどうぞ

資料館だより49号表

資料館

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外務省 中国の環境団体関係者等訪日事業(7/18)

日 時=2014年7月18日(金)13:30~17:30

参加者=中国の環境団体関係者・記者 計30人、引率者3名
      中国の記者が書いた記事はこちら
中国の環境団体関係者と記者を西淀川フィールドワークの受け入れを行いました。
東京から大阪、北海道へ移動する日本縦断のプログラムです。東京での記事はこちらです。
まず、財団で西淀川公害と地域再生についてビデオも使って解説しました。

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続いて公害患者の永野千代子さんのお話です。病気との闘いや子育ての苦労、裁判の経験を話していただき、質問に答えていただきました。

Q.「お子さんの場合の公害病はどの様な手続で認定されたのですか?」

・公害医療センターや医師会が認定に支援をしました。

Q.「申請しても認定されない場合はありましたか?」

・1988年に「公害指定地域」の指定がなくなり、新しく認定は見られなくなりましたが、患者は増えているのが現状です。

Q.「21年間の裁判の間に空気はきれいになりましたか?」

・工場からの大気汚染は少なくなりましたが、自動車によるそれは無くなっていません。

Q.「裁判の勝利で得た賠償金はどんな基準で原告に分配されましたか?」

・弁護団と患者会で、公平になるよう配分の基準を作りました。

質問には永野さん、林さんが丁寧に答え、感謝の色紙と手作りの記念品が二人に贈られました。

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その後、バスに乗車して西淀川を回りました。ディサービスセンターの「あおぞら苑」では施設長の辰巳致さんから、開設に至る経過や現在の活動の様子を聞き、内部の見学をしました。

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大和田西交差点では、国道43号線の公害対策の説明を聞き、43号線の車の多さを体感してもらいました。

その後バスで中島工業団地や尼崎工場群、西淀川公害医療センターを見学し、大野川緑陰道路を歩いてあおぞら財団まで帰ってきました。

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あおぞら財団に戻ってきて今日の「ふり返り」を行い、参加者との質疑応答がありました。その一部を紹介します。

Q.消費者との連携はありましたか?

・消費者団体の存在が日本では大きいのですが、そこが裁判の協力してくれ

たことが大きかったです。

Q.今、公害裁判が少なくなっているようだが、訴訟が受け付けられなくなって

いるのですか。

・日本では公害対策が進み、訴えられることが少なくなっています。

Q.街の再生計画はどのくらい達成できていますか?

・「大気」はだいぶきれいになりました。「緑」は半分ぐらい、「車」はまだまだです。ただ地域を良くしたいという声は高まり、当初の計画とは形は違うところもありますが、再生は進んでいます。工場は減って住宅が増えている現状もあります。

見学の皆さんは、たくさん質問をしてくれました。日本と中国では制度の違いがあり、理解が難しい部分もあったようです。
日本と中国の空はつながっているので、一緒に環境を良くしていきたいです。(天野)

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大阪大学未来共生イノベーター博士課程の皆さんから感想が届きました

5/30、6/13と、大阪大学未来共生イノベーター博士課程プログラムの授業をあおぞら財団がお手伝いしました。その折の詳細な感想が届きましたので、授業の内容とあわせてご紹介します。

この授業を履修しているのは、人間科学研究科や言語文化研究科、医学系や法学系など、さまざまな研究をしている学生さん15人。中には、韓国や上海からの留学生の方たちもいて、育ってきた環境もまちまちです。

2日間のプログラムは、まず5/30、阪大豊中キャンパスにて。石塚裕子特任助教から都市計画・まちづくりにおける事前調査・現地踏査、合意形成の概要についてのレクチャーがあり、続いて財団の林から西淀川公害について講義を行いました。
語り部のお話を聞いてもらう前に林から「ここまでは客観的な話。いまから公害患者の語り部さんが話してくださいますが、当事者として非常にしんどかったお話をわざわざ思い出してしていただくということをよく考えて聞いてほしい」と注意喚起がなされました。

用意されてきた原稿を元に話す山下さん(右)

用意されてきた原稿を元に話す山下さん(右)

今回、お話いただいたのは、山下明さんです。

山下さんは1945年生まれ。1968年頃から建設工事現場で基礎杭をを打ち込む大型クレーン機の操作に従事されていました。責任感の強い山下さんは、自分が休むと工事が遅れてしまうと、発作で睡眠不足の日にも無理をして仕事に行かれていました。
この日の会場となった豊中市周辺のニュータウン建設は70年代に盛んでしたが、山下さんも当時、このあたりの工事に来ておられたそうです。
山下さんは2級の認定患者。一般の半分しか働けないといわれる状態ですが、定年退職後も去年まで働き続けておられました。これからは、語り部の活動にも積極的に取り組もうと考えておられるとのことです。

お話を受け、たくさんの質問が出ました。山下さんから、当時、洗濯物は干していたら茶色に、窓を開けていれば畳がざらざらになって足の裏が真っ黒になったというお話を紹介されましたが、上海からの留学生は「今の上海は窓を開けていたら蒲団が黒くなる」と紹介してくれました。
何人かの学生から、小さい頃喘息の症状があったことが話されましたが、この日同席されていた志水宏吉教授も西宮で小児喘息だったとのこと。「公害」という認識はなかったけれど、影響があったのだろうとお話されていました。

休憩後はワークショップです。

今回の2日間のプログラムの目的は、西淀川地域を取り上げ、多様なステークホルダーから学び、将来に向けたまちづくりについて自ら考えることです。実際にまちづくりを行う際、集まった多様なステークホルダーで合意形成をしていくのは非常に難しい作業ですが、学生たちにはその疑似体験としてワークに取り組んでもらいました。
大気汚染物質(NOx)排出を削減するための政策提言(解決策)についての9つの案について、まず一人で優先順位を考えた後、6人のグループ内で合意形成をし、ダイヤモンドランキングに並べました。

実際に西淀川に住んでいるわけではない学生同士の話し合いながら、合意形成に至るまで、各グループとても活発に話し合いが行われていました。
3つのグループの発表を聞いて、最後に山下さんからコメントをもらい、この日の授業は終わりました。

6/13の西淀川フィールドワークはあいにくの雨で、バスの中からの見学になりました。
あおぞら財団に戻った後、西淀川区役所工業・商業活性化チームの篠原さんから、西淀川区の工業、商業の現状と課題について行政の立場からご報告がありました。

その後の「西淀川の将来像を考える」ワークショップでは、これまで得た情報をもとに、学生たち自身が「どんな社会にしたいか、私に何ができるのか」をテーマに話し合いました。

グループで「西淀川の将来像」を考える際に気になった意見をまとめます

グループで「西淀川の将来像」を考える際に気になった意見をまとめます

フィールドワーク中に撮った写真を使って西淀川の現状を確認しながら話し合い

フィールドワーク中に撮った写真を使って西淀川の現状を確認しながら話し合い