「西淀川公害を伝えるってなにを?」を開催しました。1日目(3/27)

3月27日~28日に、「西淀川公害から学ぶってなにを?」をあおぞら財団で開催しました。福島大学、龍谷大学、よつ葉ホームデリバリー大阪などの方達が参加されました。2日間全体で21名の方が参加されました。(地球環境基金事業)
二日目の様子はこちら

今回2日間のテーマは「今を生きる者として、公害から何を学ぶか」ということでした。
1日目の初めは、あおぞら財団の林さんからクイズ形式を交えての西淀川公害や、その他の公害、あおぞら財団についての説明が行われました。

公害に関するクイズ。
公害に関するクイズ。

全問正解はなかなか難しい様子。

1960年代の西淀川の空のスライドが映された時、皆さんは現在の空の様子との違いに驚きを感じていたようです。
あおぞら財団の役割はステークホルダーをつなぐことであるということ、地元の理解が大事であるという説明もされました。

全問正解はなかなか難しい様子。
全問正解はなかなか難しい様子。

次に公害患者さんの岡崎久女さんにお話をしていただきました。

たすきをかけてお話される岡崎さん。
たすきをかけてお話される岡崎さん。

岡崎さんにとってこのたすきは制服であると仰っていました。語り部をする時だけではなく様々な交渉の場でもかけて行かれるそうです。岡崎さんは西淀川に嫁いで来られ、公害病の患者認定を受けられた方です。
とつぜん始まった喘息の辛い症状や、病気から起こった様々な辛い体験を乗り越え、前向きに生きるようになったと言い、「好きでなった病気じゃない」「なぜ」という思いや、息子にとっては西淀川がふるさとであるという思いを受け原告になったとお話ししてくださいました。運動を通じて全国の人達にも会いにいった経験などをお話されました。いろんな人に支えられている、いろんなところで語り部をしているが皆熱心に聞いてくれている、自分が支えられていると語っておられました。

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岡崎さんのお話に聞き入っている皆さん。

 

【質疑応答】
Q:水俣でも患者認定の有無や対面など地域対立(分断)が起こったが西淀川の場合はどうだったか?
A:初めは公害であるという事自体がわからなかったし、今も人によっては公害患者であることを隠している人もいる。喘息の発作が昼間にわかりにくいため、近所の人々には病気の苦しみがわからない。夜に救急車を呼ぶことも憚られ、タクシーで通院するなどの周囲への配慮を行っていた。
※この質問に関しては林さんが「大気汚染では患者会という組織を作り、自分達の意見を積極的に主張して制度をつくった点が水俣とは違った状態であった」と補足説明をされていました。

Q:「たすきが制服」と仰ったが、この制服とは学校の制服のイメージなのか?
A:ジャケットのような感覚。これをつけると話しやすくなる。

Q:(福島の状況と比較しながら)公害認定がなされない段階で、加害側の企業が、自社の責任ではない、気のせいであるなど、公害が大した問題ではないと思わせる言説を流すようなことはなかったのか?(福島では実際にあった)
A:患者間で勉強会を重ねており、患者会の団結力でも乗り越えてきたためその問題に関する悩みは少なかった。
この他多くの質問が皆さんから出されました。

福島大学から来られている方がいたので、岡崎さんは原発の件にも触れ、原発事故の怒りを忘れてはならないこと、声をあげ、協力することの重要性を強調されました。

昼からは西淀川のフィールドワークを行いました。
バスで西淀川や尼崎の工業地帯の見学を行いました。この日は日曜だったため、交通量がいつもより少なかったです。
43号線からフィールドワークが始まります。
まず、43号線沿道ではどのような対策がとられているか林さんから説明がありました。

道路の対策についての説明をしている林さん。
道路の対策についての説明をしている林さん。
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光触媒について。
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「空気を監視する装置はどこにある?」

 

空気を監視する装置の内の1つ。
空気を監視する装置の内の1つ。
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中央分離帯部に設置されたピュア・プランター

 

こういった対策も大事だが、そもそもの交通量を減らしていくことはできないかという根本的な課題についても林さんは触れられました。

再度バスに乗り、尼崎や西淀川の工業地帯を見学します。川の水面と地上の高さに注目して地盤沈下の様子を観察しました。
車内から、湾岸線が見えます。大気汚染を減らすため阪神高速5号湾岸線側への迂回を促す取り組みがなされていると説明がありました。

淀川につきました。説明を聞き、淀川浸水想定区域図を見て、西淀川が直面しうる水害の切実さを感じました。現在の淀川ではウナギ・シジミがとれます。

淀川堤防沿いにて林さんによる説明。
淀川堤防沿いにて林さんによる説明。
川の土手で遊ぶ皆さん。とても楽しそうです。
川の土手で遊ぶ皆さん。とても楽しそうです。
クラゲもいました。
クラゲもいました。

再び43号線、淀川通りを通ります。ここからは徒歩であおぞら苑に向かいます。日曜日だったため、施設内の見学は行いませんでしたが、デイサービスセンターあおぞら苑の説明を受けました。
あおぞら苑は西淀川裁判の和解金の一部を拠出してつくられたデイサービスセンターです。高齢になった公害患者の方の日々の生活を援助するために、また地域の人々が誰でも利用でき、「西淀川に住み続けて良かった。」と思えるようにとのことで設立されました。

あおぞら苑にて。
あおぞら苑にて。
桜が咲き始めていました。
桜が咲き始めていました。
千北診療所にも立ち寄り、説明を受けました。
千北診療所にも立ち寄り、説明を受けました。

千北診療所は、かつては西淀川医師会と公害検査センターがあり、患者会の事務局もあった場所です。今も公害患者の治療にあたっています。

淀川通りを通って大野川緑陰道路へ向かいます。

かつて緑陰道路が川だった頃の写真を掲げて説明する林さん。
かつて緑陰道路が川だった頃の写真を掲げて説明する林さん。

フィールドワークを終え、あおぞら財団に戻ると4班に分かれてきょうのふりかえり(ワークショップ)を行いました。

ワークショップの説明。
ワークショップの説明。
1日目のまとめ。栗本さんがまとめてくださいました。
1日目のまとめ。栗本さんがまとめてくださいました。
ワークショップ中
ワークショップ中
悩みながら皆さんで意見を交わし合っています。
悩みながら皆さんで意見を交わし合っています。

【ワークショップの中で出た意見】
・西淀川が公害の町だと聞いていたため、実際に来てみて想像以上に綺麗だったことに驚いた。
・町歩きからいろんなことを学べた。
・福島と西淀川の問題に対して同じような対策は効果的かどうか。
・公害の経験があるのに経済成長ばかり重視…公害について深く考える人はどれほどいるのか。
・文理融合、トータルに考えることが大事。
・ステークホルダーの重要さを認識した。
・岡崎さんの、福島の人達は「もっと怒らな」ければならないという発言に考えさせられた。
・モスクが見学できたことが印象的だった。西淀川ではいろんな国籍の人々が生活していることもわかった。

【この時の質疑応答】
Q:工場労働者の中にも患者となった人はいた?
A:いる。被害者として原告になった人もいた。

Q:緑陰道路について人の集まる場所になったということは良いことだが、川ということ、その良さを隠してしまったのでは?
A:大野川は43号線建設により川をせき止めたことが原因で悪水がたまることになった。そこで埋め立てられたのであるが、公害患者がえがいた再生マップには緑陰道路に水を流したいという計画があったが患者さんたちの願いは叶わなかった。

Q:西淀川の汚染が下がったのは、阪神の震災により、大阪-神戸の物流が減ったことも原因か?工場の対策が進んだからか?
A:経済の落ち込みによる環境改善は確かにある。しかし公害裁判の成果としてつくられた自動車NOx・PM法のおかげで車の規制が行われ、現在はNO2の現在基準の上限基準値を下回った。
この日の最後に懇親会が行われました。

会話も弾み、皆さんとても打ち解けていました。
会話も弾み、皆さんとても打ち解けていました。

2日目に続きます。(村山)