あおぞらイコバ 佃でみせ
2012年12月17日
佃会館地元のおばちゃんたちといっしょに食事を作り、食べながら、地域のコトを語る「あおぞらイコバ佃でみせ」を開催。
西淀川地域でよく食べていたという「粕汁」と「おにぎり」を頂きながら、世代を越えて楽しくおしゃべりしました。
佃のむかし あれこれ
1.田蓑神社の近くに船?
田蓑神社のそばに田蓑池というのがありました。
名所図会には、ちゃんとその池が描かれています。「ハタシハ」と書いてますが、これは「渡し場」のことではないかな…。おそらく当時は神崎川とつながっていて、渡しがあったのだと思われます。
◀江戸時代の地域案内書『摂津名所図会大成』に田蓑神社が紹介されています
2.田蓑神社に森?
田蓑神社(896年創建)には「田蓑の森」というくらい、立派な森がありました。でも、室戸台風(1934年)で全部倒れてしまいました。
3.薮から生まれた佃の町
今のローレルハイツの敷地は、佃の旧家 見市家の本家跡です。約2000坪ものお屋敷だとか…。むかしから佃は漁業がさかんでしたが、薮だらけで農業に不向きでした。この土地を開墾したのが見市家をはじめとする17軒。藪床(やぶとこ)のいわれは、ここにあります。
(こぼれ話)
子どもの時、本家の見市さんの家に、陸軍の軍刀をぶら下げた人が、白馬に乗って出てきたのを見たことがあります。白馬の王子様じゃなくて、白馬のおじさま(笑)
▲見市家資料館蔵
4.新佃公園は60歳?
新佃公園には、もともと200坪程の立派な家がありました。しかし昭和18年に建物疎開となり、お屋敷は強制的に撤去されました。佃2丁目では、大阪機械(現:大阪機工)が砲弾を、日本油脂が火爆を作っており、空襲に備えて空地が必要だったのです。昭和28年頃、この跡地が公園となりクスノキの苗木が植えられました。
5.野球するのは43号線
佃川には佃橋がかかっていて、このほとりに「大阪機械」の工場がありました。阪神電鉄の路面電車は、2号線に走っていました。今みたいに車が多くなかったです。43号線で野球もできました。
◀かつての佃橋
6.大阪府最古の狛犬さん
田蓑神社本殿にある狛犬は製作年が銘記された中では大阪府最古(1702)の作です。この狛犬を模して拝殿脇の東照宮には昭和2年作の狛犬があります。
◀大阪府最古の狛犬(拝殿の隙間より撮影)
7.佃にはお寺が三つ
1510年に建立した明正寺は、戦争の空襲の爆風で本堂が傾いていました。佃にある3つのお寺は、「明正寺"土地持ち”」「正行寺は"檀家持ち”」 「西法寺は"お金持ち”」 とも言われていたようです。
▲明正寺