中国の環境活動
china 令和5年度 2023年12月(日本語)
日中環境問題サロン2023の開催状況はこちら:あおぞら財団ブログ
https://aozora.or.jp/archives/40077
劉文化氏(西安市未央区環境保全ボランティア協会)の研修レポート
―国際交流を通じて未来を緑で満たす―
劉 文化
中国年度緑色人物であり、北京市環友科学技術研究センターの理事長である李力氏を通して、日本の著名なNGOであるあおぞら財団からの招待を受け、私たち4人は環境教育と交流を目的に大阪へ訪問した。
浙江省、江西省、陝西省などの中国の省市が行っている生態環境保護の貴重な経験を共有し、また、日本の著名なあおぞら財団が行っている生態環境保護の事例を知って、中国で紹介することを目的としている。生態環境保護を通じて民間同士の国際交流を展開し、中国の生態環境保護に関する取り組みを国際社会へ広めることを目指した。
訪日中、日本のあおぞら財団の事務局長である藤江徹氏は、あおぞら財団の歴史について説明した。あおぞら財団は1996年9月に設立され、公害地域の再生を目指して活動する非営利組織である。1955年頃から、日本は石油化学工業コンビナートを積極的に展開させ、経済の発展に重点を置いたが環境問題を無視し、深刻な大気汚染が公害病の蔓延を招いた。西淀川区では、20人に1人が公害病にかかっている状況であった。環境汚染による公害を解決するため、政府、企業、被害者とのコミュニケーションが進められ、環境保全と経済発展が両立する方法が探求されていた。膨大なデータ収集などの作業を経て、最終的に政府が対応する政策の策定を促し、企業に実質的な補償を行わせた。この事例が日本で初めての環境公害訴訟の和解例となった。この間、中国の生態環境部などのリーダー層や専門家が次々と日本のあおぞら財団を訪れ、交流を行ってきた。国際交流を強化し、持続可能な社会発展に向けて有益な探求を行っている。
訪問団引率者李力氏が日中の環境保全交流状況を紹介している様子
李力先生は、中国NGOが積極的に展開している国際的な生態環境保護の経験を紹介した。彼女は「気候変動教育トレーニング教材」、「生態環境保護青少年劇場」、「中小学校キャンパス生態環境教育事例集」などの書籍や教材を編集・出版し、世界中の生態環境保護の参加者と交流している。2000年には日中韓東アジア生態環境教育交流会議のフォーラムを立ち上げ、広範囲にわたる東アジアの生態環境教育の経験交流を行っている。国内では北京市、上海市、天津市、重慶市、江蘇省、陝西省、河南省など10以上の省市で校内の生態環境教育を展開し、母国を愛し、自然を大切にし、生態文明の構築のための教師チームを育成している。このことは、中国の生態環境保護において重要な貢献を果たした。2005年には日本のあおぞら財団と協力し、日中環境NGOの生態環境保護交流活動を行うようになった。いままでに120人以上があおぞら財団との交流事業に参加し、交流を通じて両国の生態環境保護の知識やノウハウを増やしている。
李力氏は、中国NGOの代表としてカナダのモントリオールで開催されたCOP15国連生物多様性大会および気候変動会議に参加した際、中国の青少年と一般市民が生物多様性保護に参加する成果や経験を紹介した。また、中国の学生を率いてアメリカやノルウェーなどの国々を訪れ、国際的な生態環境保護の交流事業を行い、中国の青少年が生態環境保護に参加した事例や、中国政府の支援の下で、環境NGOの気候変動教育活動によって得られた巨大な成果について紹介した。「日中環境問題サロン」で、李力氏は次のように語った。「2005年に私たちはあおぞら財団と交流し、日本や他の国々から生態環境保護の経験を学ぶことができた。あおぞら財団は公害防止や再生活動に参加し、積極的に政府と協議し、企業とコミュニケーションを取り、市民のニーズを理解し、政府、企業、公害被害者の間で実質的な交流の場を作った。彼らの我慢強い努力により、数十年にわたりステークホルダーの和解を実現させた。この事例は私たちに強い印象を与えた。私たちは日本を訪れ、有名な環境公害事件である水俣病の発生と再生プロセスや、環境汚染が世界、国家、民族、家庭に及ぼす危険性を知ることとなった。また、中国の公衆参加の利点をより明確に理解した。生態環境教育の交流を展開する中で、日本の環境教育教材と事例を見て、我々は日本の経験を学び、中国の優れた伝統文化と新時代の生態環境教育の経験を融合させた。あおぞら財団が推奨する『フードマイレージ』を学習し、食物の流通過程でのカーボン排出のデータ管理教育方法と理念を中国に導入した。『菜の花』プロジェクトについては、食品の残油をどのようにして石鹸や洗剤に加工するかというケースを中国に導入し、同時に、中国の特徴のある学校生態環境教育教材を作成した。数年にわたる交流の中で、日本の友人たちは中国の生態環境教育の豊かな成果と優れた貢献を感服していた。将来的にさらなる交流を望んでいる。
今回の日本への訪問及び交流活動では、お互いに学び、多面的な交流を進めるという初心を堅持し、市民の国際交流を提唱し、国の為に友を作り、民心共通の大国外交政策に基づき多様な交流を行うという事業である。この取り組みによって、浙江省、江西省、陝西省などの地域の特徴を持つ生態環境保護の活動事例が、あおぞら財団を通じて日本に紹介された。これにより、より多くの国が世界の生態環境保護において中国の活動と貢献を理解し、中国が気候変動に対する責任を果たす大国であることを世界に知ってもらえたら、と願う。積極的に「美しい中国、私は実践者だ 」という活動の精神を具体化し、世界に中国の生態環境保護に関する活動を伝えていきたい。
劉文化があおぞら財団会議室で陝西環境教育に関する情報を発表する様子
緑色浙江の書記長補佐である徐心澳氏は、浙江省の気候変動教育での典型的な事例を紹介してくれた。緑色浙江は『気候リーダー』プロジェクトを通じて、身近で極端な気候変動を導入として、杭州市の低炭素に関する実践を気候変動と結びつけ、徐々に活動を深めている。最初はショートムービーのプラットフォームを利用して情報を拡散していた。次に教員研修コースを開催し、気候教育のカリキュラムを各学校に持ち込み、最終的には『気候劇場』、『気候実験』、『気候漫画』などのコンテンツを用いて学生たちの気候変動に対する興味を引き出している。新エネルギーに関しては、環境教育に関する話し手と伝える内容を新たに調整し、『気候リーダー』の子どもたちがビデオの主役となり、各種新エネルギーの素材、原理、応用に関する状況を語っている。徐々に『気候リーダー』たちないし一般市民の気候変動に対する興味を引き出している。
徐心澳氏がサロンで浙江省の環境保全の事例を発表する様子
河川保護活動において、汚染状況の観測は常に難題であった。江西省南昌市の環境交流センターの総幹事である劉丹氏は、伝統的な河川パトロールから始まり、モニタリング技術の革新によって河川保護の汚染観測という難題に対応している。劉丹氏は、彼らが直面した「遅い、難しい、しんどい、危険」という四つの従来の河川パトロールの課題があることを紹介した。それらの課題に対応するためにモバイルラボの構築、ドローン、リモコン観測船などの観測技術を自主的に開発し、技術を活用して問題に対処した。ドローンは地表の河川を観察し、リモコン観測船は地下の河川に深く進入し、安全を確保した状態で危険水域の水質観測を見逃さずに把握できるようにした。
劉丹氏が江西省河川保全活動におけるハイテクノロジー事例を紹介する様子
陝西省西安市の大気汚染防止の経験を紹介する際、代表として、私(劉文化)は「コミュニティで大気環境の改善に取り組む」をテーマに、各家庭において、エコなライフスタイルを実践するための温かな揺りかごを建設する活動成果について発表した。西安市の大気汚染対策のプロセスを適切に行うために、西安の大気汚染対策の実際のニーズに基づき、政府は関連法規を策定し、法律法規に基づいて環境保全を着実に推進している。公衆のエネルギー節約と排出減量への参加を促進するために、市民の生態環境行動規範10項が公表された。政府は環境負荷を軽減する企業への支援を強化し、企業に新しい生産基準を探求し実践するよう奨励している。政府はNGOへの導きを強化し、公衆を生態環境保護に参加させ、緑の生活様式を選択させ、個々の力を使って排出を減らすように導いている。『西安はあなたによって美しくなる・青空の守護者環境保護ボランティアコミュニティ行動』は、西安の10のコミュニティで最初に人間本位主義 でコミュニティ住民の生態環境保護に参加し、生活様式の変革から大気汚染防止への参加にまで及ぶ。都市と農村の学校では、生態農場と有機農場の社会実践拠点を開設した。生態環境部広報教育センターが主催するシェル(中国)が支持する「環境美化アクション 」では、若者の環境保護イノベーション活動を行い、教師と生徒が環境問題を発見し、STEM教育のコンセプトを用いてより理性的に環境問題を解決するようになった。
私たちは李力氏があおぞら財団の「菜の花」廃油リサイクルプロジェクトを紹介してくれたことに感謝する。私たちは「環境美化アクション」活動で、山間地域に位置する小学校と出会った。彼らは自分の周りの環境問題に気づき、環境問題の解決方法を模索しており、これを「菜の花」プロジェクトの特徴と結びつけ、STEMの新しいコンセプトを用いて、村の学校の特徴と教師と生徒のニーズを考慮に入れて、廃油を完全無害化処理して、「生花・桃花舗再利用プロジェクト」を開発した。このプロジェクトは、生態環境部広報教育センターから一等賞を受賞し、生態環境教育に参加する校内の教師と生徒は大いに励まされた。もし機会があれば、「環境美化アクション」を浙江省と江西省にも紹介し、青少年がイノベーション的な実践を通じてより良い環境保全活動を創出できたらと、願っている。
青少年が生態環境教育に参加する実践においては、拾ったごみをアート作品に作るなどの活動で、緑の生活様式を選択するように公衆を引き寄せ、青少年が生態環境保護に参加する情熱を引き起こすことを目指している。中国共産党の第二十回全国代表大会は、国家の発展の方向や、生態文明建設の方針を示してくれた。私たちは、公衆生態環境教育を強化し、新時代の中国の生態環境保護の新しいモデルを積極的に探求していく。政府の強力な指導と支援のもとで、生態環境保護を適切に行い、世界に中国の生態環境保護の経験を紹介する。公衆がより効果的な方法で生態環境の管理に参加し、世界の生態環境保護に積極的に貢献することを期待している。
中国訪問団が「京都議定書」の採択会場に訪れる
今回の日本への訪問と交流において、特にあおぞら財団と関わっている専門家や学者の積極的な努力に感謝申し上げる。彼らの協力により、我々は日本の生態環境保護の取り組みと経験を知る機会を得ることができた。あおぞら財団の研修を通して、中国訪問団は池田エコミュージアム、西淀川区役所、阪神·淡路大震災記念 人と防災未来センター、龍谷大学など団体に訪れ、コミュニティのカーボンニュートラル実践、学校の生態環境教育、気候変動と災害対応に関する交流を行った。将来的には協力と交流を一層強化し、新時代の国際的な生態環境保護交流の新しいモデルを模索し続けることを願っており、日本の皆さんが陝西省を訪れることを歓迎する。
劉丹氏(南昌青贛環境交流センター)の研修レポート
―あおぞらの旅、「財団」という名の環境NGOとの出会い―
劉 丹
12月17日から19日まで、青贛環境は日本の有名なNPO組織であるあおぞら財団の招待を受け、緑色浙江の副書記長徐心澳氏、緑色浙江の公益メンターであり、北京環友科学技術センターの理事長李力氏、および西安市未央区環境ボランティア協会の名誉会長劉文化氏とともに、中日の公害・環境問題の交流研修プロジェクトに参加した。
これが私の初めての日本訪問で、青い空が人々の浮き立った心をなだめているように感じた。どこにでも漢字が見られて、それが繁体字であっても中国人にとってはその意味を理解するのに一切の支障がなかった。また日本のアニメが80年代と90年代生まれの中国人にとって重要な成長の記憶であるので、中国人にとって日本はなじみ深く、同時に未知の国でもある。現在の複雑な中日関係とネット上でのキーボード戦士 の台頭の中で、日本に関する話をすると、まるで足かせをつけて踊っているような重い感じがある。これは、中国人の複雑な感情である。政治関係の影響によって、日中両国はお互いのネガティブなニュースで満ちているが、この社会に実際に足を踏み入れると、新聞の裏にあるもう一つの本当の日本社会が見えてくる。
中国語には日本語由来の外来語が多くあり、「財団」はそのうちの一つである。李力先生がこれから訪れるのは「あおぞら財団」という組織であると伝えてくれた時に、私はあおぞら財団が三菱財団、三井財団、住友財団、または富士財団のような商業団体であると思ったが、現地で交流した結果、彼らも私たちと同じく環境保護の公益団体であることが分かった。彼らが区役所の向かいに5階建てのビルを所有していることや、2階建ての一戸建てのゲストハウスを所有していることは、数十平方メートルのオフィスを借りている中国の環境NGO同士にとっては羨ましいことであり、さすが「財団」と呼ばれる環境団体である。
あおぞら財団が所在する大阪西淀川区の最初の産業は主に農業と漁業であったが、海に近い地域に位置していたため、日本の工業化の進展に伴い、西淀川区およびその周辺の土地にはさまざまな工場と道路が現れ、工業地帯として繁栄した。それと共に来たのは深刻な汚染問題であった。
1960年代初頭から、大阪市西淀川区の汚染とそれによって引き起こされる公害病が注目されるようになった。1978年には、地元の726人が国、阪神高速道路公団、および10の企業に対して公害病の訴訟を提起した。この訴訟は数年にわたり続き、1998年までかかって公害病患者の勝訴が判決された。そして、あおぞら財団もこの過程で生まれ、勝訴した公害病患者たちは和解金を受け取らず、そのお金を西淀川区の環境改善に使用するように要求した。あおぞら財団は和解金の一部を使って設立された。今日のあおぞら財団は、さらに多様な環境保護活動を担い、公害患者や地元住民に環境、介護などの支援を提供している。これは中国の初期の環境保護組織の成長の経路と非常に似ており、中国の環境保全団体も中国の経済発展時期で生まれ、成長した。初期の中国の環境保護組織の立ち上げ動機の多くも、汚染被害者が推進または支援することであった。しかし、あおぞら財団が物事に対して、何十年にもわたって堅持する精神について、私たちにとっては学ぶ価値がある。彼らの資料室を訪れた際には、40年以上にわたる公害病被害者の資料を見ることができた。その仕事の繊細さと厳格さに感服する。これらの資料はあおぞら財団にとって最も重要な財産というだけではなく、日本の環境団体の発展の生きた歴史でもある。李力先生は訪れるのが初めてではないにもかかわらず、深く感動し、将来はあおぞら財団の資料室を参考にして、中国の環境団体の環境保全活動資料室を構築したいと望んでいる。
3日間の交流と学習を通じて、私たちは日本の環境団体が公害病との戦いを知り、日本の大学の専門家と中国の環境保護組織の活動事例を共有し、悪臭のする川から改修されたサイクリング道をタンデム自転車で走行し、池田市のエコミュージアムで3Rモデルを体験し、地震・救援活動への対処方法を学んだ。
日本滞在中、私は「環境保全」が日本人の性格に溶け込んでいることを感じていた。各家の玄関先で車以外に一番多く見られるのが自転車であり、あおぞら財団の藤江さんは会うたびに、折り畳める小さな自転車に乗っている。一度彼に「なぜ電動自転車を使わないのか、速くて力を使わなくてもよいのに」と尋ねてみたことがある。それに対して藤江さんは「これはエコで健康的だし、体を鍛えることができるから」と教えてくれた。私たちが宿泊しているトイレの便器も非常に学びの価値がある。中国の便器とは異なり、便器の後ろの水槽には蛇口があり、トイレを流した後、その水槽から水が流れ出て手を洗うために使われ、手を洗った水は次回のトイレの流し水として再利用され、節水の目的が実現されている。しかし、よく見ると、このような高度な環境意識の背後には、ある程度のジレンマがあることに思い当たった。例えば、ほとんどのレストランは使い捨ての箸しか提供していないことがある。
私はコロナ禍前は、李力先生に会うたびに、「いつ日本に行って、環境問題について話す機会をもらえるのか」と尋ねていた。しかし、日本が原発処理水を排出していることには憤慨している。水環境保全をしている私たちの立場からは、なぜこんなに環境保全を重視している日本が海洋を汚染する行為をするのかが理解できない。私はこの問題について、日本の市民の本音を直接に知ることを切望している。この問題に関しては日中の環境団体がより多くの対話とコミュニケーションを持つことができると期待している。
今回の研修の最大の収穫は、一杯の小さなカップラーメンである。カップラーメンは、多くのサラリーマン、怠け者 、学生などにとって最も愛されている即席食の一つであり、大阪はカップラーメンの誕生地である。あおぞら財団のおかげで、私たちは大阪ラーメンミュージアムを訪れ、みんなが自分なりのカップラーメンのDIYを楽しんでいるときに、私は日清ラーメンの製造プロセスから興味深いことを発見した。日清のカップラーメンの調味料は、袋に入れずにカップに直接入っている。これは中国のカップラーメンが調味料を別々のプラスチック袋で分けるのと異なる。プラスチック汚染がますます深刻になる今日、リデュースが重要な課題となっている。中国はカップラーメン最大の生産国と消費国になり、生産量は世界の約半分を占めている。
プラスチック製のカップラーメンの調味料袋は開けにくく、手が油で汚れやすいだけでなく、高温浸漬や不適切な消毒処理の際には、可塑剤の汚染や二次汚染が生じやすくなる。また、カップラーメンを消費する際に、大量の調味料袋が廃棄され、環境汚染が引き起こされる。データによれば、世界全体で毎年生産されるプラスチックは4億トンを超え、そのうち1/3が使い捨てプラスチックである。これはごみ収集車約2000台が満載になるのに相当しており、これらプラスチックが川や湖、海に投棄されている。これにはカップラーメンのプラスチック調味料袋もたくさん含まれている。現在、即席食品の包装材料は主にPP、PE、PETなどの石油ベースの材料を使用しており、末端処理は主に焼却であり、化石燃料の採掘と輸送、プラスチックの精製と製造、プラスチック廃棄物の焼却処理など、プラスチックのライフサイクルの各段階で温室効果ガスが排出されている。さらに、廃棄プラスチックが環境に流れ込むと持続的な影響を生むため、プラスチックの分解には400〜500年かかり、無計画な廃棄は生態学的な災害を引き起こす可能性がある。同時に、カップラーメンの調味料袋には人体への健康危害もあり、華南農業大学食品学院の副教授柳春紅一連の研究者の研究論文によれば、ランダムに購入した異なるブランドと味のカップラーメン56個とカップ米粉25個を検査した結果、2つの可塑剤であるDBPとDEHPの検出率が50%を超えていることが明らかになった。その中で、カップラーメンの調味ソースの含有量が最も高く、カップ米粉の調味ソースがそれに次ぎ、カップラーメンのラーメン本体の含有量は比較的少ないとされている。また、カップラーメンの調味ソースパックに含まれるDBPとDEHPの量は、国家基準をほぼ197倍と114倍も超えている可能性があると指摘されていた。英国農漁食品省が定めるDBPとDEHPの許容量は、それぞれ1キログラム体重あたりの摂取が0.01ミリグラムと0.05ミリグラムを超えてはならないとされている。もし体重60キログラムの成人が1日にカップラーメン2袋(1袋にラーメン本体90グラムと調味料ソース袋8グラムが含まれる)を食べる場合、DBPとDEHPの露出量は基準を超える可能性がある。
日清は調味料をプラスチック袋に入れておらず、それでもなおカップラーメンの味は美味しい。中国のカップラーメン製造企業も日清と同様に調味料の無プラスチック化を実現できれば、1箱のカップラーメンで少なくとも3つのプラスチック袋の使用量を削減でき、1年間で何千トンものプラスチック排出を削減できる。これはカップラーメン業界の汚染やプラスチックのリデュースに向けた新しい示唆をもたらしている。
3日間の学習時間は短いものであったが、収穫は非常に大きい。これを通じて、私はリアルな日本社会を再評価し、日本の環境団体の発展経緯や日本の学術界が環境問題に対してどのような見解を持っているかを理解することができた。李力先生とあおぞら財団に感謝し、この貴重な学習機会を提供していただいたことに感謝し、今後も日本と中国の両国の民間がより多くの友好の橋を築き、お互いの理解を促進することを期待している。
徐心澳氏(浙江緑色科学技術文化促進会)の研修レポート
—緑浙若者再出発、日中環境問題サロン盛大開催—
徐 心澳
12月17日、緑色浙江は日本の有名なNPO組織であるあおぞら財団の招待を受け、緑色浙江の秘書長補佐・徐心澳が代表として日中環境問題サロンに出席した。同サロンに、緑色浙江の公益メンターであり、北京環友科学技術センターの理事長李力氏、西安市未央区環境ボランティア協会の名誉会長劉文化氏、南昌青贛環境交流センター総幹事劉丹氏等環境問題専門家が中国から共に参加した。
あおぞら財団は1996年9月に設立され、公害地域の再生を目指して活動する非営利団体(NPO)である。長年にわたり、財団は住民の視点からスタートし、地域と環境の再生に関する調査研究や実践活動を積極的に行っている。
あおぞら財団の事務局長である藤江徹氏からは、西淀川の大気汚染公害問題についてレクチャーがあった。日本は1955年頃から石油化学工業を積極的に発展させ、経済発展と同時に環境問題が発生した。深刻な大気汚染が公害病を引き起こし、西淀川区では20人に1人が公害病に罹患していた。あおぞら財団の創立者たちは社会の様々な資源を集め、無償で公害訴訟を提起した。企業を被告席に座らせ、さまざまな実地調査や証拠収集を通して、20年にわたる西淀川公害訴訟を最終的に勝訴に導き、企業と公害患者との和解を実現した。その後、あおぞら財団は正式に立ち上げられ、西淀川の環境保護活動に取り組んでいる。
その後、双方は日中環境問題サロンが開催された。参加者には龍谷大学政策学部の櫻井次郎教授、鳥取環境大学の相川泰教授、滋賀県甲賀市の環境保護局長である岡崎雄太氏、および龍谷大学の学生や環境問題に関心を持つ市民が共に参加した。
西安市未央区環境ボランティア協会の名誉会長である劉文化氏は、西安の環境の歴史をはじめ、市民のエコ行動規範、エコ環境保護ボランティア団体、学校のエコ農場の設立、STEAMモデルの活用などを通して、環境問題に取り組み、環境保全の輪を拡大させることを紹介した。
南昌青赣環境交流センターの総幹事である劉丹氏は、「遅い、難しい、しんどい、危険 」という従来からある河川パトロールにおける困難を提起し、移動ラボの構築、ドローン、リモコン観測船などのハイテクノロジーの研究開発を紹介し、科学技術を活用して河川汚染問題を克服するための手段をアピールしていた。
緑色浙江の秘書長補佐、徐心澳は「気候リーダー」プロジェクトを紹介し、気候変動を導入として、ショートムービープラットフォームを活用して情報発信を増やし、講義形式で気候教育プログラムを各学校に導入し、「気候シアター」、「気候実験」、「気候マンガ」など様々なかたちで学生の興味を引きつけている。また、「気候リーダー」は新エネルギーに関するビデオを作り、生産から実装までの新エネルギーに関する先進技術の普及活動を行っている。
最後に、龍谷大学政策学部の櫻井次郎教授と、緑色浙江の公益メンターであり、北京市環友科学技術研究センターの理事長である李力氏が、共有された内容について、まとめと意見交換を行った。
緑色浙江は、これまでの活動のバッジをサロンに参加した専門家や教師、学生に贈呈した。