西淀川公害発展の影で大気汚染

住民の健康や生活環境よりも 企業の利益や生産を優先

関西電力発電所の煙突

●西淀川区は大阪の中心部に近く、農業、漁業を中心として栄えてきました。1930年代以降、日本が重化学工業化する中で、この地域は隣り合う尼崎市、此花区、などと並んで、その中心になりました。尼崎市や此花区には大工場が多かったのにたいし、西淀川区は中小工場が比較的たくさんできました。阪神工業地帯が形成されたのです。

●戦争による空爆で大きな被害を受けましたが、戦後はいち早く復興をとげ、高度経済成長期にかけて、企業はどんどんと生産を増やしていきました。また、阪神地区をつなぐ、国道や高速道路が建設されました。その結果、大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音・振動、地盤沈下など、あらゆる公害が発生し多くの人びとを苦しめました。

●特に1960年ごろからは尼崎市や此花区などの大工場で重油などを燃やす時に発生する硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)が西淀川区に飛散し、区内の工場排煙と合わさって深刻な被害をもたらしました。さらに、大型ディーゼル車などの排気ガスに含まれる窒素酸化物(NOx)や浮遊粒子状物質(SPM)による汚染も合わさり、西淀川の公害は「複合大気汚染」といわれました。これらの汚染がぜん息などの健康被害を引き起こしたのです。

主要大気汚染源分布図
公害の陳情からみた被害人口
道路と工場が密集する西淀川区