大阪公立大高専 西淀川公害から「未来のエンジニア」が学んだこと(3/10)
3月10日(火)に大阪公立大学工業高等専門学校が西淀川区で「公害」をテーマとしたフィールドワークを行いました。参加者は3年生2人、4年生4人、引率の先生2人です。
まず、皆さんに行ったのは、フォトランゲージ。
各班3名ずつに分かれて1枚の写真から情報を読み取り、タイトルを付けてもらいます。
いつ頃撮られたものなのか、写されている景色また写っている方は何を訴えているのか、何をしている写真なのかを読み取ってもらいました。
皆さん予習をしっかりとされていたこともあり、時期や情報を正確に読み取り、写真に合った素晴らしいタイトルを付けていました。
その後、あおぞら財団の谷内から西淀川公害についての説明を行いました。
西淀川公害の訴訟前の環境がどのように変化したのか、またそれを受けて世の中はどのように変化したのか、公害がどのようなものであるかについて知ってもらいました。
説明の後には、西淀川公害患者と家族の会・会長の山下明さんと事務局長・上田敏幸さんから西淀川公害について当時の状況や、西淀川公害訴訟についてお話していただきました。
山下さんは、熊本県の生まれで集団就職で西淀川区に来られました。西淀川区に来た時の印象は黒い煙が至る所から出ており「まあえらいところに来たな」と感じたと語られていました。
30歳の時に公害患者の認定を受け、ぜん息を発症。
症状が酷いときは病院で夜から朝まで点滴を行いそのまま仕事に向かうことも少なくなかったそうです。
また、上田さんは「ぜん息は寛解の状態になることが非常に難しい」と仰っていました。今でも公害患者は吸入薬を常に持ち歩き、肌身離さずに持っているということが全てを物語っているように思います。
被害者の方自身が声を挙げること、周りを巻き込んで問題であると訴えることが何よりも重要であり、そのような活動をしたことが今につながっているとおっしゃっていました。
お話を聞いた後の生徒さんからの質問では、以下のようなものがありました。
Q.西淀川区で当時走っていた路面電車が煙の中に消えていくといったお話をしてくださったが、運転していても前が見えない状況だったのか。
A.当時は大型トラックが真っ黒な排ガスを出して走っていた。路面電車が昼間でもライトをつけて走行していた。数十メートル先がもう見えない状況で、人が見えなくくて事故が起きてしまうことがあるような環境だった。
Q.西淀川区公害訴訟をしている中で一番印象に残っていることは何ですか
A.死に物狂いで闘っていたことが印象に残っている。自分は死んでもいい、空気さえよくなれば、ぜん息さえなくなれば。そんな気持ちで命がけで行っていた。点滴をしながら裁判にいった方もいた。
このような回答をいただくことができました。
また、生徒さんからは、今、便利になった後の環境で生きているが、それを素直に喜べないという感想もいただきました。
人を傷つけないで経済成長をさせることが当たり前になる社会になることを切に願います。
そして、小休憩を挟んだ後、フィールドワークを行いました。
今回のフィールドワークはあおぞらビルを出て、大野川緑陰道路に向かい、歌島交差点から歌島地下道を通ってあおぞらビルに戻るコースで行いました。
あおぞらビルに戻ってきた後は、今回のフィールドワークの振り返りを行いました。
印象に残ったことでは、
「西淀川公害患者の方と実際にお話しできたこと」「車の排気ガスの影響の大きさ」などの意見が上がりました。
また今後生かしたいことでは、
「来年度の授業では、まちづくり・公害問題という視点を頭に入れながら授業に参加したい」「典型七公害に関する知識や大気汚染に関する講座を受けたい」「就職後、企業のエンジニアとなった際に誰かを傷つけるような独りよがりな判断をしないようにしたい。教訓としたい」との意見が上がりました。
今回のフィールドワークでは、西淀川区の公害問題の過去と現在、未来について理解を深めてもらうことができました。
環境問題は今も世界中で問題になっています。高専生の皆さんがフィールドワークを通して環境について少しでも考えることができればより良い社会を作れるのではないかと思います。
(記・あおぞら財団アルバイト 神﨑みづき)














