あおぞら財団 環境基本計画への意見

環境基本計画への意見

中央環境審議会企画政策部会ヒアリング(1999.10.12)
(財)公害地域再生センター(あおぞら財団)
傘木宏夫(研究主任)

1.環境保全に関する取組状況(別添資料参照)

あおぞら財団は、大阪西淀川大気汚染公害訴訟の和解金を基金に、公害患者らの請託に応えるべく設立された。地域再生を盛り込んだ和解のあり方は公害裁判史上に画期をなし、後に続く公害訴訟の解決に影響を与え、公害地域での再生活動は各地に広がっている。今年5月、第1回公害地域再生活動交流集会には、新潟、川崎、四日市、西淀川、大阪能勢、尼崎、水島、水俣の各地から関係者が集った。

財団では、公害被害の経験をこれからの環境都市形成に役立てるべく、①地域再生に資する調査研究と活動の支援、②公害被害の経験の伝承と国内外への情報発信・交流、③これらを推進する担い手養成のための環境学習・環境保健活動、これら3つを柱に事業を展開している。

この間、まちづくりたんけん隊活動や原風景・原体験の聞き取り活動等の市民参加型の地域調査活動をはじめ、道路政策提言づくりや市街地土壌汚染調査など専門家の協力による調査研究を取り組んできた。また、地域資料室を開設し、公害被害に関する資料の保存・整理を進めながら、環境の視点から地域の近現代史をさぐる各種展示会も開催している。担い手養成としての西淀自然文化大学は、シニアや主婦らを対象に展開し、現在では第1期卒業生らが独自団体を設立し、次期大学の運営や地域環境調査等などを進めている。また、花や木を育てる活動を通じて公害患者らのリハビリテーションを進める活動も、医師や園芸療法士、ボランティア等の協力で始動させた。

私たちは、市民が自ら調査し、学び、担い手を広げ、共同作業を積み重ねていく過程を重視しながら、地域再生計画を構築していきたいと考えている。市民の計画には何の権限もないが、その実現化にはパートナーシップの戦略が必要である。そこで、調査研究に際しては、地元町会や工業団体の協力を得てアンケートを実施し、その報告会を開催するなどして、地域社会との関係づくりを重視してきた。昨年末には、元被告企業と共同で自転車通勤推進の実証実験も行っている。

2.環境基本計画への意見

(1)環境再生を基本理念に

私は、環境基本法及び同基本計画の策定時において「疲弊した都市環境の再生」について言及するよう意見したが、盛り込まれなかった。この間の実践を通して、21世紀におけるわが国の環境政策は、20世紀の環境破壊によって失われたものを、生活の質の到達点を反映した形で再生(リハビリテート)することに力を注ぐべきであるとの確信をさらに強めている。しかし、環境政策と国土政策や地域(都市)政策との垣根は深刻である。実際、環境基本計画は循環・共生型地域づくりを理念として掲げながらも、それを担保する仕組みがない。

公害地域では、経済効率を優先させた従来型の開発のあり方が深刻な公害・環境問題を引き起こしてきた。それゆえに、地域の歴史や生態系、人々の住まい方などを踏まえた地道な環境再生の戦略が求められている。これからの開発のあり方は、developmentの本来的な語彙(潜在的な資質・能力の掘り起し)を踏まえて、地域に潜在している自然の復元力を市民の調査・学習活動によって掘り起こし、育てていくあり方として再生させる必要がある。公害地域再生センターの再生の英訳にredevelopmentをあてたのはそのような理念からである。

新しい環境基本計画においては、基本理念として環境再生を打ち出すとともに、国土・地域(都市)計画との関連性を明記し、地域に責任と権限を有したパートナーシップ推進機関を構築しながら、地域の潜在的な自然復元力等の資源を掘り起こし、そのために必要な技術と人的資源の開発を進めていくなどの施策を打ち出すべきである。以下、具体的な提案を示す。

(2)戦略的環境アセスメントの制度化

私は、国土・地域(都市)計画をはじめ各種政策や計画に環境面から適切にコミットし、市民の積極的なプロセス参加を促しながら環境再生の事業を誘発する仕組みとして、戦略的環境アセスメント(戦略アセス)を重視している。

環境政策の先進諸国では、持続可能な社会を構築していく観点から、戦略アセスが進展している。わが国でも昨年度より環境庁内に研究会が設けられた。また、自治体における部分的な試みもみられるが、情報公開や市民参加などは不十分であり、戦略アセスとは言いがたい。

戦略アセスの仕組みは、国土開発をはじめ、産業政策やエネルギー政策などに環境面からの枠組みをはめ、持続可能な社会をめざす環境行政に欠かせないものであると考えられている。 新しい環境基本計画では、必ず同制度の導入について言及していただきたい。また、法制化を待たずとも、国や自治体における各種政策や計画づくりの過程において透明性のある形で環境配慮の検討がなされるように、最低限方向性は示す必要があると考える。

市民活動の立場としても、将来の制度化や国・自治体での試行と併行して、今ある枠組みを最大限生かしながら、より早い段階から的確な環境政策を導き出すための努力を惜しんではならない。例えば、自治体の総合計画や都市計画マスタープランなどの策定・改定に向けて、また開発事業の構想・計画づくりの段階、現行アセス法のスクリーニングやスコーピング段階などで、参加型調査活動によって蓄積してきた環境診断マップ等を使って情報を提供し、意見や対案を提示して、政策や計画等に反映することは、市民活動からの戦略アセスといえるであろう。環境行政の側からも、情報公開法の趣旨を踏まえて、各種統計や環境情報、計画情報等を積極的に公開するとともに、非公式な場を含む意見交流の機会の創出に努めて、こうした市民の活動に呼応すべきである。

あおぞら財団としても、原風景や原体験に関する情報、現在残された自然環境に関する情報、過去及び現在の公害・環境対策の必要な地点に関する情報、低・未利用地や社会的資源等のポテンシャルに関する情報等を、より幅広い市民の参加の下で積み重ね、議論を進展させながら、地域再生のマスタープランを積み上げていく所存である(文末図参照)。

(3)公害防止計画の再編・強化

大都市部の住工混在地域や幹線道路沿道地域、コンビナート地域などでは、局所的な大気汚染や騒音・悪臭をはじめ、市街地土壌汚染1)や地下水汚染のようなストック型公害など、課題は山積している。また、地球環境保全の視点からも極めて負荷が高く、アメニティの面でも疲弊している。このような地域については、従来型の公害対策にとどまらず、面的整備を含んだ環境再生に資する事業を誘発していく必要がある。

そのような事業を推進する制度として公害防止計画は有効に機能すべきである。同計画は、土地利用計画や各種都市計画に対して上位計画として位置付けられており、それを推進するための財政措置(公害財特法)が裏付けられている。基本計画とは違って、公害防止に特化した、財政的支援措置を備えた強力な実施計画になりうるものである。

しかし、実際の各都道府県計画は施策メニューの羅列であり、縦割り行政の弊害の見本となっている。財源措置も、下水道整備や廃棄物処理施設整備といった限定的な活用にとどまり、新産・工特制度による工業団地整備を後押しする側面が際立っていた。また、公害問題の変化に対応できていないために、循環・共生型地域づくりの要請に応えるものとなっていない。

公害財特法の期限切れが平成13年度に迫っており、環境基本計画の見直しに際しては、環境面で疲弊した地域の環境再生を図り、循環・共生型の都市構造を実現していく立場から、公害防止計画のあるべき姿について、きちんと示していただきたい。

具体的には、①公害で疲弊した地域における都市政策や各種計画の策定に際しては、公害防止計画が示した環境改善・環境再生の目標や枠組み、施策を踏まえて、市民参加の下で評価し、具体策を検討すること(実質的な戦略アセス)、②公害防止計画の策定過程に市民参加の機会を設けること、③個別地域を対象にして非営利パートナーシップ推進型組織を設置し事業の総合的・効果的な実施を図ること、④公害防止・環境創造型産業の育成による地域産業の活性化などを盛り込むことが必要であると考える。③④に関しては、英国のグラウンドワーク型組織も考えられるし、既存制度で言えば中心市街地活性化法におけるタウンマネージメント機関と連動させることも考えられる。

公害防止計画の再編・強化と併せて、それを担保する制度として、環境事業団の建設譲渡事業や公害健康被害補償予防協会の環境改善事業などとの連携を強化するとともに、自動車NOx法についても沿道汚染対策を強化する形で再編することや、市街地土壌汚染対策のための法制度整備を進めていくべきことを新しい環境基本計画に盛り込んでいただきたい。

また、大都市部の住工混在地域では、土地利用の変化が著しく、無計画に工場密集地の工場跡地にマンションが建設されるなどして、騒音・悪臭・振動等の公害問題が再生産され続けている。また、極端に少ない緑や無機質な景観によって、アメニティは劣悪である。環境基本法を受けて、大気生活環境施策が展開されているところであるが、音環境・かおり環境の創出を含め、住工混在地域における計画的な土地利用と連動した循環・共生型地域づくりなど、疲弊した都市環境にこそ役立つ施策体系へと強化を図っていただきたい。

(4)抜本的かつ総合的な道路交通公害対策の確立

道路交通公害問題は、大都市圏のみならず、全国各地の主要都市で深刻化している。健康影響の深刻さで注目が高まっているSPM(浮遊粒子状物質)の環境基準未達成状況でみると一目瞭然である。地球温暖化効果ガスの排出量に占める自動車排ガスの割合も増大しており、道路交通公害・自動車排ガス公害の問題はわが国の環境政策において最も重大な課題であろう。

西淀川地域のように、阪神工業地帯を結ぶ幹線道路が縦横に地域を分断し、住工混在地域であるため生活の場まで大型貨物自動車が入り込むような地域では、その被害は甚大である。あおぞら財団では、1997年度より専門家等による研究会を設置し、住民アンケート調査を実施したり、国・自治体・公団関係者にも講師等の形で協力してもらうなどして提言をまとめた。提言『地域から考えるこれからの日本の道路』は、西淀川地域をフィールドにして、道路交通公害対策の総合的体系を地域的な実践により構築していくことを目標に、①道路公害による被害者の救済、②環境保全に配慮した道路整備計画、③自動車交通量の削減、④環境負荷の少ない交通サービスの育成・充実、⑤道路整備における地方分権と市民参加、⑥適正な税体系の確立、以上6つの柱からなる43項目の具体施策を提示している。

一方、西淀川公害訴訟は1995年に公害裁判史上初めて道路交通公害による健康被害を判決で認定させ、昨年7月には和解が成立。原告患者側は損害賠償金を放棄し、国(建設省)・阪神高速道路公団との連絡会を設置して、対策協議や調査研究を進めていくことを確認した。マスコミは、こうした「前向きな」和解の原動力として財団の調査・提言活動を指摘している。

和解条項を受けた国(建設省)・高速道路公団との協議が進められているが、大きな問題に直面している。建設省や公団が提示する「対策」は、沿道への防音壁整備等の対処療法的な施策と、「交通流を分散させる」ための新たな幹線道路網の整備に終始しているからである。私たちが提示した総合的な対策案には事実上なしのつぶてである。これでは環境改善につながらないばかりか、環境汚染を広域に拡散させるか、さもなければ広域からの交通をさらに集中させる結果になりかねない。しかも、このような対策案を原告公害患者側に説明したことをもって、「地元公害患者会にも理解を得ている」と言って、地元や周辺地域の不利益になる事業の説明に建設省担当者がまわっており、深刻な誤解と不信感を招く結果となった。これでは公害患者らの尊い意思が生かされない。

この間の経過は、道路建設行政の枠内で講じる環境対策には限界があり、弊害すらもたらしかねないことを示している。新しい環境基本計画では、道路交通公害問題に対する明快な現状認識と総合的な対策の必要性について言及し、その実現にむけて、環境行政のイニシアティブと関係官庁(道路建設や運輸・産業・警察・自治体等)の連携を強化する方策を示していただきたい。前述の私たちが提言はその参考になると自負している。

なお、今次税制改革に向けて、環境庁においては自動車税制のグリーン化を提唱しており、これをおおいに歓迎するものである。持続可能な社会の形成に向けて、さらに抜本的な環境保全・創造型税制の検討を新しい環境基本計画で打ち出していただきたい。

(5)景観保全・形成政策の強化

景観は、地域の自然や産業、文化・生活様式等に根ざして、長年かかって形成されてきたものである。それゆえ景観保全は、最も包括的・総合的な環境政策であると考えられる。循環・共生の地域社会の姿も、その地域の景観のあり方と相互作用的な形で反映しあうであろう。欧州諸国の環境法制度では、景観保全が環境政策の重要な柱に位置付けられていることは周知のところである。

わが国では、この半世紀程で全国画一の無機質な都市景観が開発されてきた。公害地域はその典型である。あおぞら財団が原風景調査を活動の出発点にしたのは、地域のアイデンティティに根ざした環境再生を進めていくためには、人々の記憶の中にある風景をよりどころとすることによって、めざすべき環境の質の全体像をイメージすることができるのではないかと考えたからである2)。

現行基本計画は、設備整備等に際しての景観保全には言及しているが、地域環境をトータルに捉えた形での景観保全の理念やアメニティの疲弊した地域での景観形成の視点は欠落している。新しい環境基本計画では、景観政策を重要な柱として位置付けていただきたい。

(6)アカンタビリティのある環境教育・学習の展開

環境教育・学習の原典と言われているL.マンフォード『都市の文化』は、市民の共同学習こそが都市計画の基礎であると断言している。共同学習は、地域生活の事実の発見から出発する地域調査活動によって、「建物に限定されたパートタイムの学校から、近隣区・都市・地域の全生活を調査しこれに参加するフルタイムの学校へ」と展開し、都市再生の文化的基盤を切り拓くのだと強調している。あおぞら財団もそのような立場から参加型調査活動を通じた計画づくりを進めてきた。

循環・共生型の地域社会は人の営みによって創り出されるものであるから、投資のあり方も土地や金融への偏重を改めて、人への投資を基本にした社会に転換する必要がある。行政システムとしては、市民の学習活動を育み、その成果としての意見や行動を受け止め、地域社会に反映していくことに資金と労力を費やすあり方をめざすべきであろう。

現行環境基本計画における環境教育・学習の位置付けは、国民に対して自戒と行政への協力を促すものとなっており、社会の主体的な担い手を育てる観点に乏しい。新しい基本計画では、環境教育・学習の成果を行政や地域づくりにどのように反映していくのかの方向性を示すべきである。

(7)公害・環境問題資料の保存・活用を

わが国の公害被害や環境破壊の経験を次世代や途上国等に伝えていくことは重要な責務である。現行の基本計画(第6節:環境情報の整備・提供)は、過去の資料の収集・保存・記録化・活用について言及していない。公害被害や環境保護運動等の民間資料を含め、環境行政としてわが国の公害・環境問題資料の保存・活用等に関する姿勢を明示していただきたい。また、情報公開法の制定を踏まえて、過去の環境行政資料(環境庁のみならず関係省庁を含む)の保管・公開について、指針を示していただきたい。

特に、公害問題に関して言えば、行政も民間も関係者の高齢化が進み、一次資料の散逸が危惧されていることから、緊急性のある課題として打ち出していただきたい。

(8)環境保健対策の再構築を

環境保健は、①環境汚染による人間の健康被害を救済すること、②環境が人間にとって害のない状態にすること、③環境との関わりによって人間の健康の増進を図ることの3つの観点から総合的に進められるべきであると考える。あおぞら財団では、そのような立場から、地域緑化等の環境保全活動を通じた公害病認定患者や喘息児童等の健康・生きがいづくりの事業を、園芸セラピーの専門家や臨床医の協力のもとに展開している。

大量の有害化学物質が世の中に氾濫し、道路交通公害が深刻化・広域化している状況等を鑑みるならば、公害健康被害は決して過去のものではない。より広範な被害救済策を検討するとともに、健康で文化的な生活の実現を願う市民の要求と結ぶついた総合的な環境保健対策の構築について、新しい環境基本計画に盛り込んでいただきたい。

(9)数値目標の設定について

現行環境基本計画の策定時にも多くの環境団体から指摘があったように、計画の達成状況を客観的に評価する上でも、数値目標の設定は欠かせない。ただし、地域で進行している事態に鑑みて一言したいのは、環境基準等の環境目標が「そこまでなら環境の水準を悪くしても構わない」という口実に使われるような設定はしてほしくないということである。自動車NOx法に基づく総量削減計画では、目標年度までに環境基準を達成するという目標がバックグラウンド値に転化して、新たな環境負荷の高い開発を問題なしとする環境影響評価を量産させてきた。

地域的には許容範囲内であっても、地球環境としてはすでに新たな環境負荷に耐えられない状況にあるという認識の下に環境基本法が制定されたはずである。とりわけ、公害地域のように環境面で疲弊した地域では、環境を改善・創造していくための指針となる目標こそが望まれる。

(10)国際的取組みについて

来年は、わが国で先進国首脳会議が開催されるのに併せて、G8環境担当閣僚会議も予定されている。20世紀において先進諸国は全地球的規模で環境破壊を繰り広げた。特に日本は、良い意味でも悪い意味でも、公害の被害と対策の経験において世界に知られている。2000年という節目に日本で開催されるサミットに際しては、これまでの環境破壊の総括と今後の展望、先進国の責任と役割を明らかにし、21世紀を環境再生の世紀とする決意を示した新環境基本計画で各国首脳を迎え、全世界に情報発信していただきたい。

また、そのことの具体化として、日本において環境省が発足することを機に、「アジア環境担当閣僚会議」を日本のイニシアティブで組織し、アジアにおける公害の防止と環境再生の取組みに大いに貢献する姿勢を打ち出すことを提案する。

3.おわりに

環境基本法及び現行環境基本計画の策定過程で実施された国民意見の募集・聴取は、その後の様々な法律や条例、各種計画の策定に影響を与えた点で、高く評価されてよい。しかし、国民から寄せられた意見にどのように対処したのかがわかりにくく、形式的であるという批判も多い。最近の事例では、瀬戸内海環境保全審議会における国民意見の募集において、寄せられた意見と答申への反映結果についての対照表が作成されるなどの工夫がなされている。今回の意見聴取においても、そのような工夫に努めていただきたい。

また、現行環境基本計画を受けて、自治体に対して環境基本計画推進補助金を交付する施策がなされたが、新しい環境基本計画においては、地域での実践を育てる観点から、市民の発意で行政

企業等との連携で進める社会実験型事業を支援するような施策の導入を提案する。