大気汚染と道路政策に関する解説
戦後、日本の道路は自動車交通の円滑な移動を第一の目的として整備されてきました。交通混雑の緩和、自動車交通の時間距離の短縮などが優先され、環境の保全やコミュニティ形成、アメニティなどは二の次にされてきたのです。
自動車交通に偏重した道路政策の結果、交通事故、渋滞、大気汚染、騒音などの公害、コミュニティの分断といったさまざまな問題が深刻化していきました。中でも、大気汚染は沿道住民の健康を損ない、ぜん息、慢性気管支炎などの患者を増加させました。
こうした状況になった背景には、道路政策の自動車偏重だけでなく、市民参加がほとんど行われなかったことも原因として考えられます。日本の道路政策のほとんどは、市民や住民の声を汲み取ることなく実施されてきたといっても過言ではないと思います。
このページでは、大気汚染、道路政策、市民参加について解説します。
大気汚染
大気汚染の状況を見るときに目安にするのが、NO2、SPM、PM2.5などの物質の大気中の濃度です。これらの物質には、環境基準が定められています。環境基準とは、人の健康の保護及び生活環境の保全のうえで維持されることが望ましい基準としての目標です。
自動車交通量の多い地域では、NO2、SPM、PM2.5等の物質が環境基準に達していないところもあります。特に、2009年に環境基準が設定されたPM2.5の環境基準の達成度が低い地域が多数あります。
NO2(二酸化窒素)
- 二酸化窒素は大気汚染の原因になる代表的な汚染物質です。発生源にボイラーや自動車などが挙げられ、燃焼時に一酸化窒素として排出、空気中で二酸化窒素に酸化します。
- 二酸化窒素は環境問題として酸性雨の原因になります。
- 呼吸とともに人体に取り込まれ、呼吸器疾患の原因になります。
- 窒素酸化物は、「炭化水素」(HC)とともに太陽の紫外線により光化学反応を起こして「光化学オキシダント」(OX)を生成し、「光化学スモッグ」の原因ともなります。
- 大気中の濃度については、環境基本法に基づく環境庁告示により、日平均値の98%値の環境基準(0.04ppm から 0.06ppm のゾーン内又はそれ以下)が定められています(環境省:二酸化窒素に係る環境基準について)。
SPM(suspended particulate matter:浮遊粒子状物質)
- 浮遊粒子状物質とは、固体及び液体の粒子の総称であり、粒径10μm以下の浮遊するものを特に浮遊粒子状物質(SPM)と呼びます。
- ばいじん、粉じん、ミスト、エアロゾルが含まれ、燃焼に伴うもの以外は粒径が10μm以上のものが大部分である。燃焼排ガス中には、炭素のほかバナジウム等の金属粒子が多く、特にディーゼル排ガス中には未燃の炭素が多く含まれています。
- 排出源ではガス状であったものが大気中の反応により粒子化した二次粒子は全粒子の30~40%に達することもあり、硫酸塩、硝酸塩有機炭素成分を含む。
- 主な発生源は、煙突排ガス、自動車排ガス、粉砕等です。
- 肺や気管等に沈着するなど、呼吸器への影響があります
- 環境基準は、1時間値の1日平均値が0.10mg/m3以下であり、かつ、1時間値が0.20mg/m3以下であることと定められています(環境省:大気の汚染に係る環境基準について)。
PM2.5(微小粒子状物質)
- PM2.5 とは大気中に浮遊している 2.5 μm 以下の小さな粒子のことで、浮遊粒子状物質(SPM:10 μm 以下の粒子)よりも小さな粒子です。
- PM2.5 は髪の毛の太さ の 1/30 程度と非常に小さいため、肺の奥深くまで入りやすく、呼吸系への影響に加え、循環器系への影響が懸念されています。
- PM2.5 は物の燃焼等によって直接排出されるものと、環境大気中での化学反応により粒子化したものがあります。
- 主な発生源は、焼 却炉等のばい煙を発生する施設、自動車等の人為起源のもの、土壌、海洋、火山等の 自然起源のものがあります。
- PM2.5の環境基準は、1年平均値 15μg/m3以下 かつ 1日平均値 35μg/m3以下であることと定められています。(平成21年9月設定)(環境省:微小粒子状物質(PM2.5)に関する情報)
- アメリカのPM2.5の環境基準は、日本よりも早い1997年に設定されています。2013年位は、1年平均値が12μg/m3以下と日本よりもさらに厳しく変更されました。
- 西淀川大気汚染裁判における和解条項(1998年7月)においても、その測定と環境対策が明記されており、2004年度より国道2号新佃公園前局、国道43号大和田西交差点局において測定がスタート、2007年4月より歌島橋交差点局での測定が始まっています。
大気測定局
- 環境大気の汚染状況を把握するために、日本全国には1,910局の測定局があります(平成26年度末在)。
- 測定局には、一般環境大気測定局と自動車排出ガス測定局の主に2種類があります。
一般環境大気測定局
- 一般環境大気測定局は、大気汚染防止法に基づいて、環境大気の汚染状況を常時監視(24時間測定)する測定局です。
- 一般環境大気測定局の目的は、環境基準の適合状況の把握、大気汚染対策の効果の確認などの地域全体の汚染状況を把握すること、もうひとつは特定発生源の影響を受け高濃度の局所汚染が出現しやすい地域での緊急時の措置に対処するためのものです。
- 全国1,494局で常時監視が行われています(平成26年度末在)。
自動車排出ガス測定局
- 自動車排出ガス測定局は、大気汚染防止法に基づいて、自動車排出ガスによる環境大気の汚染状況を常時監視する測定局です。
- 自動車排出ガス測定局は、人が常時生活し、活動している場所で、自動車排出ガスの影響が最も強く現れる道路の沿道上、中央帯などに設置されています。
- 全国416局で常時監視が行われています(平成26年度末在)。
天谷式カプセルによるNO2簡易測定
- 天谷式カプセルによるNo2測定は、しくみが簡単、費用が安く、 手軽にNO2を測れます。全国の様々な市民組織でこの測定方法を用いています。
- 24時間暴露したカプセルにザルツマン試薬を入れ、NO2を化学反応、発色させ比色分析により濃度を測ります。
- 大阪から公害をなくす会では、大阪全域において市民の手で、この調査方式を用いてNO2を測定しています(ソラダス・NO2測定運動)。
大気汚染防止法
- 1968年に、大気汚染に関して国民の健康を保護するとともに生活環境を保全することなどを目的として、大気汚染防止法が制定されました。
- この法律では、(1)工場及び事業場における事業活動や建築物の解体に伴う「ばい煙」や「粉じん」の規制、(2)有害大気汚染物質対策の推進、(3)自動車排出ガスに係る許容限度を定めることなどが盛り込まれています。
- 自動車については、自動車1台ごとの排出ガス量の許容限度が定められ、道路運送車両法に基づく道路運送車両の保安基準により確保されるという仕組みで行なわれています。
自動車NOX・PM法
- 1992年に自動車排ガスによる汚染を規制するための「自動車NOx法」が制定されましたが、そこでの目標は達成されませんでした。
- 2001年には、NOxに対する従来の施策を強化するとともに、PM排出削減を図るため自動車NOx法が改正法として「自動車NOx・PM法」ができました。この改正によって、規制対処物質としてPMが加えられ、対象地域として愛知・三重圏が追加されました。
- 対策地域:首都圏、愛知・三重圏、大阪・兵庫圏
- 対象となる車両:ディーゼル乗用車、バス・トラック等(ディーゼル車、ガソリン車、LPG車)
- NOx、PMの排出基準が決められており、対策地域を使用の本拠地している自動車で排出基準に適合しないものは使用できません(車種規制)。 自動車NOx・PM法の排出ガス規制に適合している自動車は、下記のステッカーを貼付することができます。
- 自動車NOx・PM法について詳しくはこちら(環境省:自動車NOx・PM法について)
交通政策
自動車交通は都市環境にいろんな悪影響を与えています。この悪影響を少しでも減らすために、自動車を抑制する政策が考えられてきました。
ロードプライシング
- 走行車両に道路空間利用に対する料金を徴収するもの。
- ロードプライシングの事例としては、シンガポールの「エリアライセンス方式」(規制区域内で一定の期間ないだけ車を利用できる許可証を購入させる)、ノルウェーの諸都市の「コードンプライシング方式」(規制区域の境f界線を横切るすべての道路において入域賦課金を課す)、ロンドン「渋滞課金制度」などがあります。
環境ロードプライシング
- 環境ロードプライシングとは、路線で通行料金に格差をつけることによって、車 の流れを環境影響のより少ない湾岸部などに誘導する交通施策です。
- 環境ロードプライシングは、 2001 年から首都高速道路横羽線と湾岸線、阪神高速道路神戸線と湾岸線で始まりました。浮遊粒子状物質(SPM)や二酸化窒素(NO2)等の排出量が 多い大型ディーゼル車が湾岸線へと路線転換することで、都市内の横羽線や神戸線の環境負荷の低減が期待されています。
交通需要マネジメント(Travel Demand Management, TDM)
- TDMは、交通需要にあわせて道路等を整備するのではなく、現在の道路等の整備の水準にあわせて交通の需要を管理しようとする考え方です。
- TDMは、狭義ではピーク需要を時間的空間的に分散する短期的な施策ですが、広義には交通需要の本源としての土地利用、都市の成長管理、立地誘導などの長期的な施策も含みます。
- 具体的なTDM手法は、発生源の調整、自動車の効率利用(カーシェアリング等)、手段の変更(パークアンドライド等)、時間帯の変更(時差出勤等)、経路の変更の5つからなります。
大気浄化の取り組み(道路緑化、光触媒、高活性炭素繊維など)
- 大気浄化を目的として、街路樹などの道路緑化、遮音壁等へ の光触媒の塗布、高活性炭素繊維(ACF)などの取り組みが行われています。
- 光触媒は、二酸化チタンを遮音壁やガードレールなどに塗って、自動車から排出される窒素酸化物(NOx)や硫黄酸化物(SOx)を除去しようとするものです。二酸化チタンは、紫外線があたると、その表面で強力な酸化力が生まれて殺菌するなど有害物質を除去することができます。西淀川区内では、国道43号の遮音壁にも塗布されています。
- 高活性炭素繊維(Activated Carbon Fiber :ACF)は、繊維状の活性炭で、太陽光や雨が当たらない高架下などでもNOxを繊維 内部に吸着させて大気浄化することができます。西淀川区内では、国道43号の高架下に設置されています。
参考
独立行政法人環境再生保全機構「大気環境の情報館」
環境省「大気環境・自動車対策」
山中英生・小谷通泰・新田保次「まちづくりのための交通戦略」
新谷洋二編著「都市交通計画」