「平成26年度 大気汚染経験等情報発信業務」として、2015年3月5日から7日にかけて、中国の環境NGOを訪問しました。
【調査日程及び訪問先】
3月6日
<訪問先>
クリーンエアアジア北京支部
中国政法大学/公害被害者法律援助センター代表・王燦発教授
<訪問者>
櫻井 次郎(神戸市外国語大学准教授)
鎗山善理子(あおぞら財団スタッフ)
Clean Air Asia China Office http://www.cleanairasia.org
〔1〕組織の概要
・クリーンエアアジアは、2001年にアジア開発銀行、世界銀行、米国国際開発庁(USAID)の出資で設立された国際NGO。
・目的は、大気汚染対策や温室効果ガスの削減のための政策や行動に関する情報交換を促進すること。
〔2〕対応者
付璐氏(中国ディレクター)
〔3〕聞き取り内容
1)最近の取り組み
・資金が確保できれば、今年の5月からキャンペーン型の活動をはじめようとしている。3カ年の計画。一つは、社区単位に設置されている医療センターにパンフレットを置いたり、映像を流したりして、大気汚染や健康被害に関する知識を啓発する活動。もう一つは、大気汚染の大きな原因の一つであるトラック運転手に対する知識の啓発。
2)これまでの取り組み
・中国の環境保護部の政策や情報を地方政府の役人にたいして発信したり、アメリカやヨーロッパの研究機関の調査報告などの分析をおこなったりしている。
・アジア、世界の90都市が集まって、毎年テーマを決めて討論会を開催している。例えば、汚染がひどい時の応急対応、広東省のデルタ地帯の汚染源の分析、大気汚染改善計画が地方でどう実施されているか、など。
・BAQ(Better Air Quality)会議は、2年に1回開催されるクリーンエアアジアの主要な会議の一つ。運送、エネルギー産業問題などを扱っており、特には、政府の政策に重点をおいている。2002年からスタートした。2014年はスリランカで開催された。2016年は韓国で開催予定。
3)その他、意見、コメントなど
・大気汚染の状況をどれぐらい予測できるか、それを国民にどうやって伝えるかが課題。予防に関しては、工場にたいしてどう強制するか。
・大気汚染と健康被害の因果関係を説明する資料で、英語や中国語に訳されているものがあれば、役立てたい。
◎参考サイト
[Clean Air Initiavive]http://www.cleanairinitiative.org/
[Better Air Quality Conference]http://www.baq2014est.org/
[Clean Air Asia China Office]http://cleanairinitiative.org/portal/countrynetworks/china
【中国政法大学/公害被害者法律援助センター代表・王燦発教授】
http://www.clapv.org
〔1〕組織の概要
・1998年に環境NGOの公害被害者法律援助センター(CLAPV)を設立。環境訴訟の支援や司法関係者への研修などをおこなっている。
〔2〕対応者
王燦発教授(公害被害者法律援助センター代表/中国政法大学教授)
〔3〕聞き取り内容
以下、王教授コメントの概要
1 公害被害者法律援助センターの果たした役割について
・センターを設立した当時、「汚染被害者」という用語がそもそも一般的に使われていなかったが、今では多くのメディアや書籍等で使用されるようになって来た。このような用語の普及は我々の貢献と言える。
・昨年、最高人民法院に環境保護法廷が設置されたが、これもセンターを通じて多くの環境訴訟を支援したこと、また毎年実施している裁判官、弁護士、NGO等に対する環境法研修も環境保護法廷の設置に影響している。
・刑法に環境汚染犯罪が入れられ、悪質な公害発生源が刑事責任を問われることとなったことも成果の一つと言える。2014年に公害犯罪で起訴されたケースは1000件を超える。
・しかしながら、特に「健康」の問題に関して言うならば、環境訴訟による公害健康被害者の救済には限界がある。それは、不特定多数の大衆の健康問題に関わる問題は、当地の法院によって「敏感」な問題と捉えられ、社会動乱や社会の不安定要素となり得るからだ。センターの弁護士も訴訟過程において圧力を受けて来た。昨年、環境保護部から司法部へ提出した環境訴訟の鑑定基準に関する提案の中でも、健康問題に関する基準の提案は採用されなかった。理由の一つは、健康と汚染との因果関係の鑑定を「出来るか出来ないか」と言う問題、もう一点は、もし出来るとしても、この鑑定が社会に与える大きな影響、特にそれが不安定要素になった場合、司法部は責任を負いたくないと思っている。
2 裁判の法律効果、社会効果、政治効果について
・センターの活動は理論を実践に移す活動であり、センターが現在のように社会的影響力を持つようになったのも、実践を重視して来たからだと考えている。理論研究も重要だが、自ら何らかの行動をすることが重要だと考えている。センターが公害被害者を支援し、法官や弁護士、NGOに対する研修が昨年で15期を迎えたのも、このような考えに基づいている。
3 環境公益訴訟の展望
・環境公益訴訟の法的手続きは整って来たが、それによって環境公益訴訟の件数がすぐに爆発的に増加するとは考えていない。なぜそのように考えるかと言うと、原告資格を認められたNGOが法律で限定されていること、また原告となり得るNGOの能力上の限界、彼らが取得している資格の問題、技術的能力の問題、彼らの設備上の不足、などが挙げられる。
4.情報発信について
・最近、中国のチャットやブログで非常に注目されている映像がある。中央テレビ局の元記者・柴静氏が自ら100万元(約2000万円)を投資して作成した「窗顶之下-雾霾调查」というタイトルで、中国の大気汚染による健康被害問題に焦点を当てた内容となっている。中国内外での反響が大きく、特に中国の石油業界からは集中的な反発がある。アメリカからも、医学系の博士が「中国の大気汚染が健康被害を発生させることなどありえない」とブログで書いた。あおぞら財団で、中国語や英語にしてある映像があれば、それをチャットやブログで公表すれば、このような議論に対して貢献できるのではないだろうか。日本の経験を中国に伝える上で、そのような映像や画像は大きなインパクトを与えるであろう。
・もう一点、「窗顶之下-雾霾调查」への反発の中で、河北省の鉄鋼産業は数十万人の雇用を生んでおり、このような産業を制約することになれば重大な失業問題が発生し、大きな社会不安の原因になるため、大きな雇用の受け皿になっている企業に対して厳しすぎる要求をすべきでないという主張もなされている。この点、日本では企業を訴えることが失業問題につながらなかったのか?日本は公害の克服過程で、雇用問題、失業問題をどのように解決したのか、その経験についても日本からの発信があれば非常に役立つと思う。
【調査についてのまとめ】
・今回の中国訪問の期間(3/5~3/7)には、全国人民代表大会が開催されていた。全人代では、2月末に就任した環境保護相が、環境保護への投資を増やす考えや、工場の設備改修や古い自動車の廃棄などを進めた結果、PM2.5の測定値を前年より1.1%減らしたと説明するなど、環境問題が国の主要な課題となっていることがあらためて実感された。
・また、クリーンエアアジアや王燦発教授へのヒアリングにおいても、中国国内で環境問題、大気汚染問題に対する意識が以前に比べて、高まっていることが見受けられた。
・日本からの公害経験や情報発信としては、大気汚染と健康被害の因果関係を証明する資料へのニーズがあった。大気汚染の問題は認識されているものの、それが人々の健康にどう影響を及ぼしているのかを明示することが、人々の意識を高めたり、対策を進めていくために求められている。
・おりしも、中国の大気汚染の問題を告発する映像がインターネット上で、大きな反響となっていた。このように、日本の公害経験についても、動画や写真などを活用して、広く発信していくことが有効であろう。
記・鎗山(あおぞら財団スタッフ)