あおぞら財団 戦後日本における大気汚染公害被害救済制度と問題点
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戦後日本における大気汚染公害被害救済制度と問題点

全国公害患者の会連合会 太田映知

日本では戦後の復興期以降、特に重化学工業を中心とする高度経済成長と都市化の過程で著しい大気汚染、水質汚濁など激甚な公害にみまわれ、広範な被害が発生しました。全国的な公害反対住民運動がもりあがる中で公害被害者は、汚染者負担の原則(PPPの原則)に基づく損害賠償制度の性格をもつ救済制度を勝ち取り、公害対策と被害者救済に大きな役割を果たしました。

しかし、この制度は不十分な側面を多くかかえ、根本的な公害対策が実現しないまま、大気汚染とその被害の態様変化の中で新たな環境汚染と健康被害が広がっています。また、これまで環境保全と公害克服に要した社会的費用は莫大なものになっており、事前予防に失敗したときの社会的損害の厳しい現実を教訓とする必要を示しています。

以下、被害者救済制度の概要と問題点を報告します。

1.公害健康被害補償制度(公健法、補償法)のしくみ

日本国憲法の第13条には個人の尊重,生命・自由・幸福追求の権利の尊重 がうたわれています。「公害健康被害補償法」は、民事責任をふまえ、公害によって生じた健康被害の損失をてん補する(第1条目的)とし、1973(昭和48)年10月5日に制定され、1974(昭和49)年9月1日に施行されました。幾たびか廃止の動きにさらされながら、1988(昭和63)年3月1日に法「改正」が行われ、現在に至っています。

1-1.認定要件

制度的割り切りのため、公害病として認定するための3要件<指定地域、暴露期間、指定疾病>が定められました(第2条)。一定以上の大気の汚染が生じ、その影響によって疾患が多発している地域を41カ所指定し(第一種地域)、第一種地域に一定期間以上住んでいるか、通勤しており、慢性閉塞性呼吸器疾患(気管支ぜんそく、慢性気管支炎、肺気腫、ぜんそく性気管支炎及びその続発症)のどれかに罹患している者を大気汚染による公害病患者として認定しています。

なお、申請は、すべて患者(認定患者)本人によるものとされ、国から事務を機関委任された知事または市長が、認定審査会の意見を聞きその決定を行なっています。2~3年ごとに認定の更新手続きが必要です。

1-2.補償給付

認定患者には、①医療費 ②障害補償費(逸失利益等の補償) ③遺族補償費 ④遺族補償一時金 ⑤児童補償手当 ⑥療養手当(通院費等) ⑦葬祭料の7種類の給付が行われます(第3条)。また、①リハビリテーション事業 ②転地療養事業 ③その他政令で定める事業(療養用具支給事業、家庭療養事業など)の公害保健福祉事業があります(第46条)。

なお、障害補償費は、労働災害補償費などと同じように、労働者の平均賃金の8割を基礎に、障害の程度に応じて支払われます。障害の程度(等級)は、「労働能力の喪失度、日常生活の困難度」を基本に、主治医の意見による日々の病状の変化にしたがって決められることになっています。毎年の見直し手続きが必要です。

1-3.補償財源

給付費用の財源は、全額を汚染原因者が共同して負担することとし(第49条)、①8割を全国の大気汚染物質を排出している事業者から、硫黄酸化物(SOx)の排出量に応じて汚染負荷量賦課金を徴収、②残り2割を、自動車の排気ガスによる大気汚染の負担分として、自動車重量税から引き当てられています。

なお、汚染負荷量賦課金は、政府の特殊法人である「公害健康被害補償予防協会」が徴収権限をもって徴収しています(第52条~61条)。

1-4.法律改定

1988年の法「改正」で、法律名が「公害健康被害の補償等に関する法律」と変わりました。改正の要点は、①公害指定地域を全面解除し、新たな認定は行わない(既存認定患者への認定更新・補償給付は継続する) ②健康被害未然防止の観点から、基金による「健康被害予防事業」を実施(実施機関「公害健康被害補償予防協会」第68条以下)とするものです。

2.公健法の果たした役割と問題点

公健法の制定は、被害者救済と公害対策が飛躍的に前進する一方、制度的割り切りによる問題点を多くかかえています。その上、1988年の法「改正」全面指定地域解除は、日本の公害環境行政を大きく後退させることになりました。

2-1.すべての被害者救済を

制度的割り切りで認定疾病は4病に限られましたが、この間、1974年の法施行後、1988年に新たな認定が行われなくなるまでの15年間に認定され救済された患者は18万人を越えました。しかし、本人申請主義で、就職にさしつかえるなどの社会的制約を考えると、放置された被害者は数倍になるものと思われます。

国は、SOxの汚染改善だけを持って指定地域解除を強行しましたが、1988年以降も被害者の発生は続いています。旧41指定地域の内12都市で自治体が独自に設けている公害患者の医療費救済制度を利用している児童数や、文部省(現文部科学省)の学校統計にみるぜん息児童数の著しい増加などを見れば明らかです。

私たちは、窒素酸化物(NOx)や浮遊粒子状物質(SPM)、SOxを含む複合大気汚染を指標に、大気汚染公害地域を指定し、すべての公害患者の救済を図るよう求めています。

2-2.健康回復と予防事業の充実を

公健法は、損害賠償制度の性格が不徹底で、給付内容が低いだけでなく、男女の不当な格差、認定前の過去分補償や慰謝料を含まない等、多くの不十分さを残しています。当初予定されていなかった障害補償費を支給しない「等級外」患者が増加するなど、認定作業が患者の立場からかけ離れる問題も各地で起こっています。

なおその一方で、補償給付の支払いでことをすまそうとする姿勢が、損なわれた健康の回復のための適切な治療や予防の事業・研究がおろそかにされてきました。認定患者の高齢化が進むいま、公害病の特徴をふまえた高齢者福祉対策は喫緊の課題になっています。

1988年の法改正では、公害患者の新規救済を打ち切った見返りとして、健康被害の予防が制度に組み入れられました。しかし、環境を改善し、健康被害が再びおこらないようにとの公害患者の願いが反映されたものですが、対策の内容も財源の規模もあまりに不十分で、増えつづけるぜん息患者、劣悪な環境などの現実に対応できるものではありません。

2-3.根本的な大気汚染対策を

被害者救済制度として制定された公健法ですが、汚染負荷量賦課金制度は、結果として汚染物質排出事業者に排出量を減らす動機付けを与えることになり、公害防止技術の開発が進み、SOxによる大気汚染が飛躍的に改善されました。

しかし、当時から問題のNOx対策がおろそかにされ、その後の二酸化窒素(NO2)環境基準の大幅な緩和政策(1978年)、指定地域の全面解除(1988年)など国の公害行政が後退する中で、総体としての大気汚染、とりわけ自動車公害の深刻化、地域的広がりを許すことになりました。

いま日本では、従来の産業公害に加え、クルマ依存社会の進展で道路交通公害が大きな社会問題になっています。また、ダイオキシンやベンゼンなどこれまでの未規制物質の汚染と被害が新たな課題になっています。ひろく被害の実相を明らかにし、実効性ある根本的な対策が強く求められています。

※注) 本稿は、2001年11月23日~24日に開催された、NGO国際会議(主催:全国公害患者の会連合会)において、
第1分科会で全国公害患者の会連合会幹事・林功氏により報告されたものです。