18日(月)午前「遠野からの支援:遠野まごころネット」
盛岡市から遠野市に移動。穏やかな山郷の風景が広がる。所々に瓦や屋根が壊れた土蔵などを目にする。
NPO法人遠野・山・里・暮らしネットワークの菊池新一さんのお話を伺う。
遠野は被災地になった湾岸部(大槌町・釜石市・大船渡市・陸前高田市)の後方支援拠点となっており菊池さんは、遠野被災地支援ボランティア
遠野まごころネットの副代表をされています。
「遠野まごころネット」は、岩手県沿岸部の被災者の方々を支援するべく、遠野市民を中心として結成されたボランティア集団です(4月4日現在参加団体社会福祉法人遠野市社会福祉協議会、被災地NGO協働センター、静岡県ボランティア協会、NPO法人遠野山・里・暮らしネットワーク、社団法人遠野青年会議所、遠野の風土と観光を考える連絡協議会、NPO法人遠野エコ・ネット、NPO法人ねおす、NPO法人パレスチナ子どものキャンペーン)
菊池さんから、現在立ち上げようとしている「ヒューマン結ネットワーク事業」について説明を受けました。
「沿岸部の被災地と内陸部の遠野は大体車で1時間程度で移動することができます。そこで遠野を拠点に、①ボランティア移送、②日帰り型サービス事業(避難所の希望者を日帰りで、入浴、昼食サービスをする事業)、③滞在型サービス事業(避難所にいる希望者を1週間程度ホームステイする事業)、④集落自活型避難所運営事業(集落公民館に避難所を開設、地域のコミュニティで運営)といった事業を行なうものです。朝、ボランティアを被災地に送り届けた車に被災者をのせて戻り、遠野の地域センターや民家で休憩したり、お風呂に入ったり、デイサービスやショートステイができるようにする。そして、夕方に被災者を載せて被災地に戻り、帰りはボランティアを乗せて帰るというシステムです。
http://touhokusb.blog39.fc2.com/blog-entry-30.html
遠野では、これまでも「遠野ツーリズム」を実施し、修学旅行の受け入れ農家は120軒あり、修学旅行の受け入れ農家は120軒。さらに、コミュニテイセンター10地区、それに10以上の集落公民館が設置されており、それらを活用できるとのこと。
http://touhokusb.blog39.fc2.com/blog-entry-30.html
被災者はなかなか被災地を離れることができない。だからこそ、行き来できる距離にある遠野で休んでもらって、自立できるように支援するという考え方です。同様の仕組みを内陸部に位置する市町村からの後方支援の手法として広げられないかということです。
しかし、立ち上がったばかりの任意組織では、資金も車両・ガソリンも乏しいとのこと。菊池さんは「今すぐ、マイクロバス1台とワゴン車5台を提供してほしい」と言われました。話を聞きに来る人は多いが、なかなか支援が実現しないという言葉に胸が苦しくなりました。
そこで、あおぞら財団として支援できないか、と大阪の事務所と電話連絡のやり取りを開始しました。検討の結果、ワゴン車を1台提供することになりました。そして、できれば西淀川区でも取り組んでいる廃油を活用して走る車両を提供したいと申し出ました。
とはいえ、資金の当ては未だありませんので、これから趣旨に賛同していただける方々からの寄付を大阪で募りたいと思います。みなさん、ご協力よろしくお願いします。
ついで、遠野駅近く「とぴあ」(スーパーマーケット)で食材を買い込んで被災地に向かいます。
出発前は、ボランティアは自己完結と言われ、食料の確保を心配していました。ですが、一月が経過した内陸部には物資が届いており、スーパー、コンビニ、飲食店街は開店しています。ガソリンも問題なく給油することができました。なので、買い物や飲食、時には観光もし、現地にお金を落とした方が良いなと思いました。
午後に釜石市栗林地区に入りました。栗林地区は内陸部にあり、津波被害はありませんが、
沿岸部の住民が避難してきています。
ここに北海道のNPO法人ねおすが拠点を設け、支援活動を行っています。
http://www.neos.gr.jp/index.html(HP)
http://blog.goo.ne.jp/neos_hokkaido(ブログ)
こちらに一泊させていただき、活動のお手伝いをしました。
また、割烹着が必要とのことだったので、あおぞら財団であつめた支援金を使って
盛岡のスーパーで買った割烹着を手渡しました。
(好評だったようです)
私たちが到着したころに、北海道から4トントラックの荷台に自作のお風呂を積んでやってきた丸瀬さんも到着しました。
このお風呂を使うためには、「水・排水・薪」が必要でした。この3つがそろう場所は「赤浜3丁目地区」だ!という情報が遠野まごころネットから入り、とりあえず行ってみようということになりました。
こ��
�から湾岸部に降りて行くのですが、「ここは山でしょう」という場所まで津波が来ているのが分ります。湾岸部の現状は、言葉を失うばかりです。建物の上にはクルーザーが乗っかっていました。
防波堤も1部分崩れていました。地盤沈下と大潮の影響もあって、海面と地面がすれすれの状態。
赤浜3丁目は高台にありました。
個人宅に避難されている方が多数いました。この地区には電気は通っており、水は、沢水をひいていました。
ここで、理事の高田研先生の交渉術がさえます。地元の方に相談したところ、お風呂を沸かして入ってもらうことになりました。お水を汲みに来ている方などに「お風呂入りませんか?」と声をかけ7名の方にお風呂に入っていただくことができました。
途中、女性3人の入浴中、ハプニングが起きます。
「湯加減はいかがですか?」
「排水ができないんですけれど・・・」
びっくりした私はとりあえずお風呂場へ。
排水溝を見ても異常はありません。
外の排水管を見ると、折れている部分で水が詰まっています。
急いで管の折れている部分を直して排水できるように応急処置を行いました。
被災地に女性の目線が必要とよく言われることですが、
入浴など女性しかサポートできないことがあるなと感じました。
女性同士なら話せるということもあると思います。
お風呂の用意をしていると
cookluckの車が北海道からやってきました。
支援物資を沢山つんでいます。
ここで、お店を広げようかと。
地域のリーダーに相談したところ、
物資は赤浜小学校に集約しているので
小学校に物資を持っていってほしいとのこと。
せっかくですから、物資を見てくださいと交渉したところ、
トイレットペーパーや紐、湯たんぽ、飲み物などをもらってくれることになりました。
ここでは、洋服類はいらないとのこと。(翌日、洋服類が必要な避難所に洋服は持って行きました)
避難所ごとで、必要な物品も違い、
その細かい情報は現地に行かなければわからないと実感しました。
しかも、避難所のリーダーは男性たち。
女性が必要なものが、もしかしたら伝わっていないのかもと少し不安になりました。
夜は、栗林でみんなでごはんを作って食べ、
http://blog.goo.ne.jp/neos_hokkaido/e/7fc6658e41623b4f1bbf54f08f8f11ca
西淀川子どもセンターから預かった義援金を手渡し、
明日の人員配置を考え、
寝袋で就寝です。
お世話になった「NPO法人ねおす」さんは、地域の声を細かく聞いて、支援したい人をつないでおられます。支援物資の調達やあおぞら喫茶、出張フリマ、子どもケアなど様々な支援を工夫して行なっておられます。ブログの更新も頻繁で、刻一刻と変化する被災地の実情がよく分ります。これからも、この栗林地区に腰をすえ、長期的に支援を継続し、将来的には、グリーンツーリズムなどで漁業や農業の復活を支援したい、この地が被災地のオアシスになればとおっしゃってました。
[全日程]
訪問地と趣旨を記しています
[日程] 各日ごとの記事とリンクしています
16日(土) 葛巻町 森と風のがっこう 訪問
17日(日) 岩手県立大学山本克彦先生からヒアリング 岩手県ボランティアセンター訪問
18日(月) 遠野山・里・暮らしネットワーク 訪問
npo法人 ねおす 活動参加
19日(火) 大槌(町会議員の方)
遠野まごころネットの会議に参加
20日(水) 陸前高田 市会議員の方と合流
バイオディーぜルアドベンチャー 山田周生氏と相談
21日(木) 遠野山・里・暮らしネットワーク 訪問 視察後の打ち合わせ
岩手大学・三宅諭氏(都市計画・村づくり)からヒアリング