東日本大震災の被災地視察 5日目 陸前高田
20日(水)
陸前高田市の市会議員、菅野広紀さんの案内で陸前高田を見て回りました。
大槌町と同じように、こんな山のところまで津波が??という状態です。
陸前高田市の平野は広く、山から下ってきたところが、壊滅的で、再び心が重くなりました。日本酒の酔仙が有名ですが、酔仙のタンクが転がっています。
菅野さんから市役所の前で話を伺います。
菅野さんは消防団員として遺体の捜索やがれきの撤去などされてきましたが、まだまだ片付かないこと。
市役所や社会福祉協議会、教育委員会の建物も流されてしまい、復興するにあたり、地元の人員が足りないこと。ボランティアを受け入れようにも、受け皿が作れないこと。皆が被災した状況で、地元の意見をまとめていくことの難しさ。
農地が海水につかり、砂が入り、このままでは耕作が難しいこと。
産業は養殖業者のウェートが大きいが、施設がすべて流されてしまったこと。
菅野さんはがれきに添えられた花を見つめ
「ようやく、花を添える余裕が出てきたのだなぁ」
とつぶやかれました。
菅野さんと避難所になっていた市民体育館を歩きました。
津波で壁が壊れ、時計が津波の時間で止まっています。
床は砂でおおわれています。
床にマットがひかれていました。遺体を安置するためのマットだったそうです。
山手に新しく社会福祉協議会のプレハブが建てられていました。
他府県から来られた社会福祉協議会の方たちが指揮をとって作業にあたっておられました。
午後は、菅野さんと別れ
バイオディーゼルアドベンチャーの方たちと共に下矢作のコミュニティセンターを訪れました。
バイオディーゼルアドベンチャーの方たちは、BDF精製機を車に積んで世界一周した方たちですが、昨年、あおぞら財団に来られたこともあります。
地震の際、花巻にいたことから、燃料がない時期から、支援物資を被災地に届ける活動を続けておられ、現在は、避難所を巡り、必要とされている事柄を聞きながら、物資の支援や作業ボランティアをされています。
下矢作の避難所で欲しいものはとの問いに
「足りています」とのこと。
もうすこし、丁寧に避難生活のことをお伺いしていると出てきた言葉が
「みんなで卵がけご飯が食べたい」とのこと。
「食べ物はここでまとめて作るが、分けるのが大変」
「集落排水の施設が壊れ、下水が流せなくて困っている」
「野菜が食べたい」などなど。
「食事作りのボランティアが来てくれているが、短期間で人が変わるよりも、できれば同じ人が来てくれる方がいい」
「他府県に行ってしまうと、陸前高田の情報が入らないので、この地を離れられない」
「建築制限が出ていて、建て替えも修理もできない。これかの生活の方針が見えない」
という声も聞くことができました。
下矢作には鳥取から炊き出しが来ていました。
2度目だそうです。
前回に「刺身が食べたい」とのことだったので
刺身を持て来たとのこと。
大船渡市の被害状況も見に行きました。
工場地域が被害を受けていました。
冷凍倉庫だと思われる建物からの異臭がひどく、鳥が群がっていました。
夜には、バイオディーゼルアドベンチャーの山田周生さんとお会いしました。
震災直後から、食べ物や支援物資、自転車や靴の配布、大工仕事など、被災者の声を細かく聞きながら、即座に柔軟に活動を休みなく続けてこられた姿に頭が下がります。
この日も遠野の古民家、Sさん宅にお世話になりました。
[全日程]
訪問地と趣旨を記しています
[日程] 各日ごとの記事とリンクしています
16日(土) 葛巻町 森と風のがっこう 訪問
17日(日) 岩手県立大学山本克彦先生からヒアリング 岩手県ボランティアセンター訪問
18日(月) 遠野山・里・暮らしネットワーク 訪問
npo法人 ねおす 活動参加
19日(火) 大槌(町会議員の方)
遠野まごころネットの会議に参加
20日(水) 陸前高田 市会議員の方と合流
バイオディーぜルアドベンチャー 山田周生氏と相談
21日(木) 遠野山・里・暮らしネットワーク 訪問 視察後の打ち合わせ
岩手大学・三宅諭氏(都市計画・村づくり)からヒアリング