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ブログカテゴリー » 資料館(エコミューズ)

徳島市ecoリーダー 来訪


2007年1月20日(土) 12:00〜17:00

徳島市から高速バスに乗って、徳島市ecoリーダーの4名(安井さん、福田さん、枡藤さん、楠田さん)が西淀川大気汚染公害・あおぞら財団の活動・環境学習について勉強するためあおぞら財団にこられました。

 ○ フィールドワーク(自転車で西淀川区を疾走)
 ○ 二酸化チッソ簡易測定(徳島市と西淀川の比較)
 ○ 公害患者さんのお話(森脇君雄理事長から)
 という豪華3本立てです。

<フィールドワーク>
姫島にある西淀川区公害医療センターに行きました。
西淀川区には公立の医療機関がないので、公害病認定をする施設を西淀川区医師会が作りました。医師たちが西淀川の公害に心を痛め、患者会設立や医療機関の整備に努力をした結晶といえるでしょう。

福漁港がある淀川堤防です。
公害排出源であった此花区や尼崎の工場の位置や、現在は渡り鳥のレストランになっていること、うなぎの稚魚を取る仕掛けなどを見ることができます。


自転車を担いで降りる楠田さん。
工場地帯を見ようとすると、どうしても自転車で通れない場所が・・・

西淀川区の工場地帯を自転車で走ってもらいました。
土曜日なのにうるさいこと、大型トラックが行きかっていることに少々驚いた様子です。

現在も道路公害で悩まされる43号線にある大和田西交差点の常時測定局です。
国土交通省近畿整備局のえんどう(沿道)まめくんで測定値を知ることができます。

公害患者さんのためのデイサービスセンターあおぞら苑前にある「公害と闘い環境再生の夢を」と書かれた碑を見学
煙で前が見えなかったと書いてあることに驚いていました。


大野川緑陰道路を通ってあおぞら財団まで戻ってきました。
ここは、30年前にはどぶ川で西淀川公害のシンボルといわれていたこともありました。
現在では、住民の要望もあって歩行者自転車専用道路となっています。緑も生い茂り、区民の憩いの場所です。自転車と一緒にハイチーズ


<二酸化チッソ測定>
徳島市の空気と西淀川の空気の比較です。
カプセルを使った簡易測定ですが、ザルツマン試薬を入れると色が変わるので、色が濃い薄いで話が盛り上がります。
「もしかしたら、駐車場の排気ガスがあたる場所だから数値が高いんだろうか・・・」
などなど、予想してみたり。

徳島市は、おおむね0.02ppmといったところでしょうか。
交差点などは0.03ppmといった値が出ていました。
西淀川はあおぞらビル前(国道2号線沿い)が0.03ppm
大和田西交差点の出光石油前が0.067ppmでした。
(環境基準の上限値が0.06ppm 写真奥が西淀川、手前が徳島のカプセル)

<公害患者さんのお話>
西淀川公害と環境資料館の所蔵資料を見ながら、森脇理事長から公害がひどかった頃の話を聞きました。
西淀川を自転車でまわったり、二酸化チッソ測定をした後だったので、話がわかりやすかったようです。

自転車マップづくりやタンポポ調査など、あおぞら財団が実施している環境学習の方法も学んでいただいたようで、「徳島市でも実践してみる!」という心強いお言葉をいただきました。
一緒に協力して環境学習や環境にやさしいまちづくりをすすめていきたいですね。(林)





Filed under: 視察受入 — aozorafoundation 公開日 2007年1月22日5:08 PM

女工さん遭難の碑(佃)


佃の堂見敏雄氏から「尼崎から佃への渡し舟が沈没して家路に向かう女工さんたちが亡くなったんやけど、その慰霊碑が佃墓地にあるよ。」ということを教えていただきました。
それでは、早速見に行こうと、堂見さんの案内で佃墓地に向かいました。
場所は、阪神「千船」駅そばにあります。

慰霊碑は、墓地中央部にあります。
碑文によれば大正2年11月2日に
大阪合同紡績株式会社神崎支店工場の31人の男女工手が佃津に向かう途中
渡し舟が沈没して女性のみ18名が亡くなりました。
新聞紙上で工手の母が義捐金をつのり、
その集まったお金の一部を使って碑を建てたとのこと。

工業が発達した尼崎に西淀川から働きに行っていたこと、
当時は渡し舟だったこと、
いろいろなことがこの碑文からわかります。
義捐金を募った新聞記事や、遭難の様子を掲載した新聞記事があるはずです。
機会を見て、探してみたいと思います。(林)

★西淀川・公害と環境資料館(エコミューズ)のホームページはこちら




Filed under: 資料館(エコミューズ) — aozorafoundation 公開日 2006年9月20日4:12 PM

「大阪から公害をなくす会」から搬出した資料の整理


あおぞら財団 インターン 宮本弥生 龍谷大学

9月15日に、前回(9月11日)「大阪から公害をなくす会」から受け取った資料の整理を行いました。今回の作業は、前回ダンボールに詰めた莫大な資料に、一つ一つ番号をつけて資料内容をパソコンに保存することでした。これによって、どの資料がどこにあるのか管理しやすくなります。

まず、資料を段ボールから出してほこりをはらいます。もちろん資料の中も確認!


資料に番号札をはさみます。


資料の行列。
パソコンに登録されるのを待ってます。

今回は、前回の作業と違って資料の中まで確認したので、中には資料を見続けてしまい、作業が止まってしまうこともしばしばありました。

今回の作業中に、小学校低学年ぐらいのかわいらしい女の子の写真が数枚出てきました。写真の女の子は南竹照代さんという人で、西淀川公害の被害者だと知りました。南竹さんは小学生の時に喘息の症状が出始めて、以来、中学、高校卒業後と症状は重くなっていき、24歳の若さで亡くなったそうです。喘息の発作は、吸った息が100%吐き出せないため新たに空気が吸えず、とても苦しく、時には意識がなくなってしまうそうです。南竹さんも発作に苦しみ入退院を繰り返しながら、それでも大好きな学校に通い、高校を卒業したそうです。今回発見した写真には、遊園地で南竹さんがにこにこ笑ってる写真や、友達と写っている写真など、南竹さんのとても元気な姿をみることができます。元気でかわいらしい女の子なのに、このあと喘息を発病し、発作で苦しんだことを思うと、とても悲しくなりました。
公害がこんな子どもまでも苦しめたことを知り、公害の恐ろしさを実感しました。

今回の作業で、資料の約4分の1の整理が終わりました。まだまだ、すごい資料が出てくると思います。作業の途中で西淀川公害などの事を財団の林さんに教えてもらい、生の資料を見ながらなので、いろんなことが学べました。

★西淀川・公害と環境資料館(エコミューズ)のホームページはこちら




Filed under: インターン生,資料館(エコミューズ) — aozorafoundation 公開日 1:29 PM

「大阪から公害をなくす会」からの資料搬出


あおぞら財団 インターン 宮本弥生 龍谷大学

9月11日(月)、「大阪から公害をなくす会」の資料を受け入れて、その資料を西淀川高校へ搬入する作業を一日行いました。
朝、財団に集合してから、西九条にある「大阪から公害をなくす会」の事務所に行って、マスク、軍手、頭にはタオルを巻き、倉庫にあるたくさんの資料をダンボールに詰めました。倉庫の中は、古い資料がたくさんあって、ほこりがかぶっていたり、ネズミ(?)にかじられていたり。。。 マスクなしでは絶対無理でした!


「大阪から公害をなくす会」は1971年に設立され、国・自治体への公害発生源規制要求運動や、条例規制の整備改善要求、公害反対運動の支援と連携などの活動を行っています。なので、倉庫のなかには、松原ジャンクション問題や、さまざまな公害訴訟の資料がありました。なかには、アサガオで酸性雨を調査した報告書など、面白いものもありました。ほかにも、アスベストに関する資料もあり、アスベストの問題は以前から言われ続けていたのだと分かりました。
紙の資料だけでなく、“団結”と書かれたハチマキや、“公害患者の生きる希望の灯 消すな”と書かれた筵旗(むしろばた)もあり、当時の運動の激しさが伝わってきました。
特に筵旗は、初めて見たので、迫力があるなぁ!と思いました。後から聞くと、この筵旗は、1982年12月に府庁玄関前でハンストを行ったときに使われたそうです。
このハンストは、1980年に大阪府がNO2の環境基準を緩和すると発言し、府民が抗議を行ったが、最終的には大阪府がいっさいの交渉を拒否したのに対して、行われたそうです。

今回搬出した資料は、全部で40箱分にもなりました。古い資料が多かったので、ほこりをかぶっているものが多かったけれど、どれも貴重な資料ばかりなのだろうなと思いました。同じ間違いを繰り返さないためにも、将来に伝えていくことは大切であり、そのためには当時の資料がとても重要なんだと思いました。

<ちょこっとメモ>
作業の休憩中に事務所の隣にある、青汁バー(!?)で青汁を初体験しました。においは大根の葉っぱなどの青物のにおいがすごかったけれど、味は思っていたものより、飲みやすくておいしかったです。疲れが吹っ飛びました! 

★西淀川・公害と環境資料館(エコミューズ)のホームページはこちら




Filed under: インターン生,資料館(エコミューズ) — aozorafoundation 公開日 2006年9月13日10:41 AM

光化学スモッグ


あおぞら財団インターン 吉澤晴香 龍谷大学

前回(8月4日)、自転車マップ作成のために自転車に乗ってまちをまわっている時、途中で目が痛くなりました。…痛いというか、ヒリヒリして涙が出そうになる感じ。
これまで、光化学スモッグが出ている時に同じように目が痛くなることがあったので、「これはもしや光化学スモッグ??」くらいに思っていました。…でも、あの時のヒリヒリ感は今まで痛くなった時の中でも、結構きつかったですね。
後から聞くと、その日、私達がいた辺りでも光化学スモッグの注意報が発令されていたみたいでした。
ここで…
『光化学スモッグ』とは、
自動車や工場の排出ガスに含まれる窒素酸化物や炭化水素などは、太陽の紫外線で反応し、「光化学オキシダント」を生成します。
この「光化学オキシダント」は、窒素酸化物や炭化水素の大気中濃度が高く、紫外線の強いときに高濃度となり、白くモヤがかかったようになります。この状態を「光化学スモッグ」と呼んでいます。風が弱く、気温が高く、日差しが強い日に発生しやすい傾向にあります。
「光化学オキシダント」は高濃度になると人や植物などへ影響を及ぼし、人体への影響としては、
目がチカチカする
のどが痛い
呼吸が苦しい

と、いうことです。
(大阪府 エコギャラリー

そのことで、先日、大阪市都市環境局の方があおぞら財団に来られました。光化学スモッグについての現状や、行政がどんなっているふうに対応しているのかなど、いろいろな話が聞けましたが(例えば、今年は去年より注意報の発令回数が多くなっているらしいです!)、そこで一つ疑問に思ったことがありました。
光化学スモッグの原因については、まだわからないことが多いみたいなのですが、一般の私たちはあまり光化学スモッグのことを知らないですよね。注意報が出ているとしても、学校に札が出るくらいで、他の場所ではいつ出ているのかもあまり分からないし…。
目がヒリヒリするのは、洗えば痛みはひくということみたいですが…それでも被害ですよね、症状の現れ方も人によってはいろいろあるだろうし。
お話を聞いていると、(私の印象では、ですが、)最終的に「しばらく見てみないとちょっとまだわからないことですね。」という感じでした。では、それまで(もっと詳しく実態がわかるまで)は、これ以上はどうしようもないということ??と思ってしまいました。
原因はわからなくても、注意報が発令された時にもっと一般の人みんなに知らせるということが必要なのではないかと思います。みんなが利用する場所で、何か目印で知らせるとか…そういうことなら出来るのでは??と思いました。私は、市のこととかも、詳しいことは全然わからなくて言っているわけなのですが、注意報が出たときに、学校以外の場所に情報を発信する仕組みとか、「知る」きっかけがあれば。。と、思いました。


Filed under: インターン生,視察受入 — aozorafoundation 公開日 2006年9月7日12:04 PM
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