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ブログカテゴリー » イベント報告・ホームページ更新

小学生が来館してくれました

今日は、5年生のときに公害の出前授業を聞いてくれた西淀川区の小学校6年生が、エコミューズに来館してくれました。

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4月から中学に上がるということで、宿題などのためではなく、自分で疑問に思って調べに来たそうです。
「今までの大気汚染公害の歴史を知りたい」「自分になにかできることはないですか?」という質問に、エコミューズのパネル「公害 みんなで力をあわせて」で説明したり、あおぞらビルの屋上から西淀川を通る多くの道路と交通量の問題、歌島橋交差点の測定局や防音壁などの環境対策について説明しました。
また、フードマイレージを意識することや大気汚染の測定状況をチェックすること、市民が大気汚染について調べるソラダスのような活動がされていること、大阪府の流入車規制やロードプライシングと、西淀川道路環境対策連絡会の紹介などなど、財団の資料をわたして紹介しました。

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自分から来てくれたことが嬉しくて、ついついたくさん話してしまったのですが、終始熱心に聞いてくれました。資料館の所蔵図書でかつての公害の写真集などを紹介したところ、「酸性雨で銅像がボロボロになったりしているんですよね」と言ったり、福島原発事故のことも話していたので、きっと今、環境問題への関心が高まっているのだろうと思いいました。
これからも環境問題に関心を持って、ぜひ学んでほしいです。またの来館をお待ちしています!(栗本)

【ツアー報告3日目】鵜住居地区の復興状況を視察

2017年12月に開催した関西×東北応援ツアーの報告を大阪経済大学の学生さんが分担して報告してくれました。

ツアー3日目レポート
大阪経済大学 平松 拓海

ツアー最終日の3日目、私たちはお世話になったさんつなハウスを後にして、宝来館前にある根浜海岸へ行きました。

 

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宝来館前にある松林で伊藤聡さんから根浜海岸のお話をしていただきました
後ろにある松林だけはこの海岸で流されずに残ったとのことです

 

根浜海岸-平松拓海

 

2017年12月3日時点での根浜海岸の様子です
瓦礫などは撤去されており浜辺ではゆったりと海辺を眺めることができました。宝来館の露天風呂からも根浜海岸の景色を眺めることができます

それから宝来館の女将さんである岩崎昭子さんに鵜住居町の高台移転現場までを案内していただきました。とても笑顔が素敵で明るい方でした

 

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こちらが案内していただいた宝来館の女将さんです

 

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現在の根浜地域の様子です。

 

将来的にはこの場所に観光施設などを建設する予定とのことです

 

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女将さんにはたくさんの復興に関するお話をしていただきました。
鵜住居町の住民帰還率が高いのは地域の結束力が高いこと。そして宝来館もひとつの要因だと感じました。

そして、お昼ご飯は橋野鉄鉱山(橋野高炉跡)のすぐ近くにある「峠の茶屋」でいただきました。この店の名物の「峠のカレー」をいただきました。

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お店の周辺は雪がうっすらと積もっており、カレーの香りに誘われ店内へと向かいました

 

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峠の茶屋では畑作業も行っており、とれたての野菜をふんだんに使った料理が味わえました。野菜はすべて無農薬がこだわりとのことです
橋野高炉をイメージしたごはんの盛り付けが特徴です
ボリューミーでかつおいしくいただきました

 

集合写真-山本達也

 

宝来館や三陸ひとつなぎ自然学校の方々、ツアーに参加していた方々
からは、たくさんの貴重な経験やお話をしていただきました。
この三日間は本当に充実した時間を送ることができました!
ありがとうございました

 

ツアー1日目の報告はコチラ

ツアー2日目の報告はコチラ

Filed under: イベント報告・ホームページ更新,地域づくり,東日本大震災支援 — aozorafoundation 公開日 2018年3月19日10:21 AM

資料館だよりNo.63(2018年2月号)が発行されました。サイトでご覧になれます。

資料館だよりNo.63(2018年2月号)が発行されました。

エコミューズやあおぞら財団に配架しています。

No.63omoteNo.63ura

PDF版はこちらからどうぞ

・資料館だよりNo.63

・資料館だよりNo.63

発行:西淀川・公害と環境資料館(エコミュー ズ) 資料館の活動をより広く知らせるために、「資料館だより」を2005年7月に創刊しました。A4版1枚のお便りで、3ヶ月 に1回発行しています。 資料館に まつわるニュースや所蔵資料の紹介、他の機関への訪問記、お知らせなどです。ご希望の方は事務局までご一報ください。

Filed under: イベント報告・ホームページ更新,資料館(エコミューズ) — aozorafoundation 公開日 2018年3月12日1:35 PM

【ツアー報告2日目】釜石原木椎茸再生プロジェクトのお手伝いに取り組む「関西✕東北応援ツアー」

2017年12月に開催された関西×東北応援ツアーの様子を大阪経済大学の学生さんが分担して報告してくださいました。

2日目レポート
大阪経済大学 市丸大翔

二日目の朝、私は早朝に起きて宝来館のお風呂に入りました。綺麗な朝日も見ることができました。

その後、朝食を撮り、宝来館の女将の話を聞きました。

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様々な写真等を見せてくれながらお話しいただきました。

 

女将には、津波に飲まれた話や、その時の避難の話、復興へ向けた話、これからの話などをしていただきました。女将の話を聞いて、まず感じたことが、女将がとても明るく振舞っておられることでした。現地の人からは、決して癒えることの無い記憶を乗り越えて私たちに明るく話している姿に、復興の進み具合や、復興に対する思いを感じました。
女将の話の後、宝来館の人たちが実際に逃げた避難路へ行きました。

 

海はかなり遠く、ここまで津波が来たと思うと津波の恐ろしさを感じることができた。
実際にここまで津波が来たことを感じることができ貴重な経験だと思いました。

そのあとは、2日目のメイン活動のボランティアを行いました。今回私たちが行ったボランティアは、古川貞治さんがしているシイタケ栽培のお手伝いをしました。古川さんは、信念の強い方で、原発事故により販売・出荷が制限され、ほぼすべての釜石のシイタケ栽培家が辞めていく中、ただ一人制限解除された後、シイタケを作られている人で、「祖父から受け継いだ財産歴史を失いたくない」と話されていました。
私たちは、シイタケを作る土地にある丸太や枝の除去作業をしました。

この細い橋を渡った先が活動場所です。

この細い橋を渡った先が活動場所です。

 

シイタケ作業-市丸大翔

辺りには大量の丸太枝落ち葉がありました。

 

私たちは大学生14人で取り組んだのですがこれがかなりの重労働で、古川さん1人でやるとなると、とても考えられない作業で、ボランティアの必要性を感じました。

作業の合間、昼になったので、いったん休憩を取り昼食と伊藤さんの話を聞きました。

 

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釜石のお弁当屋さんのホタテご飯をいただきました。 おいしかったです。

 

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伊藤さんの話も合間に聞きました。

伊藤さんの話は、あおぞら財団・三陸ひとつなぎ自然学校の活動内容が中心でした。伊藤さんは、どこまで行けば復興になるのか、と考えたときに、「私たちがここ(釜石)に誇りを持てるようになった時が復興と考えています」と話されていて、とても印象に残っています。

ボランティアが終わった後は、栗林の会館で地元の方との交流会を行いました。

ツアー参加者が中心に 大阪のお好み焼きを 作りました。 

ツアー参加者が中心に
大阪のお好み焼きを
作りました。

 

そして、そこで伝統芸能である、鹿踊りを披露していただきました。

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とても躍動感のある踊りでストーリーもあり面白かったです。

 

地元の方ともお話しできて有意義な時間でした。

地元の方ともお話しできて有意義な時間でした。

交流会の後は、さんつなハウスへ行き、明日へ向け就寝しました。
二日目の活動を通して私は、釜石で頑張っている人を直接見て、話を聞いて、とても貴重な体験でした。また機会があれば釜石を訪れたいとおもいます。


ツアー1日目の報告はコチラ
ツアー3日目の報告はコチラ

Filed under: イベント報告・ホームページ更新,東日本大震災支援 — aozorafoundation 公開日 2018年3月8日5:36 PM

【ツアー報告1日目】震災から6年、復興のその先へ向けて「関西✕東北応援ツアー」

東日本大震災以降、毎年釜石を訪れている「関西×東北応援ツアー」を2017年も開催しました。

12月1日(金)~3日(日)の3日間で、毎年参加いただいている大阪経済大学の学生さんをはじめ、今回は過去のツアーに参加した方で「今、釜石がどうなっているかを確かめたい」と、数年ぶりにご参加いただいた方が数名おられました。
ツアーの様子を大阪経済大学のみなさんが分担してレポートしてくれたので、順に掲載していきます。(栗本)

大阪経済大学2回生  冨山 皓太
1日目(12/1)の活動
一日目は、まず仙台駅に10時頃に到着し、バスで約4時間かけて岩手県釜石市へと向かいました。

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仙台駅付近です。凄く寒かったのと関西とはエスカレーターの使い方が逆でした。(右立ちと左立)

その後、JR釜石駅で、三日間現地の案内をして頂く伊藤聡さんと合流しました。そしてまず、現場視察の為に釜石市大槌町へ移動し、当時の話を聞きました。現地では釜石鵜住復興スタジアムや、JR釜石駅付近には大きな製鉄所があり、事前研究の下調べのとおり、やはり釜石は鉄・魚・ラグビーの街なのだと感じました。

 

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現地の案内をして頂いた伊藤さんです。

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震災から約6年後の状況です

伊藤さんは三陸ひとつなぎ自然学校の代表理事で、震災直後の人と人とを繋ぐ活動(ボランティア等)や子ども支援に力を入れられています。
だいたい車での移動で、必要な主要道路は完成していましたが、未だに復興仮設住宅がいくつかあり、どこか物寂しげな景色もありました。さらに、巨大堤防等の公共施設が建設させていたり、津波が押し寄せてきた地域では住宅自体の移動が行われている場所も一部あります。

 

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津波到達地点の石碑

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防災センターの追悼施設

近くの海岸はリアス式になっています。この到達地点を観て感じた事は海岸から近くても標高の高い場所に逃げるか、海岸から遠くても標高が低かったらどんどん波が入り込んでくるという自然の作りです。この石碑も高そうな位置にあり避難できそうな地点ですが、この付近の地形は平たくなっています。
二枚目の写真はこの石碑の少し下にある鵜住居地区防災センターで亡くなったみなさんの追悼施設です。
ここがなぜ悲劇なのか。。。実は防災センターは、震災の一年程前に建設され、二階建て鉄筋コンクリートで当時は拠点避難所に指定されていました。なので地震が起きたとき地元住民はここに避難したのですが、津波が浸水してきたためそこに避難した人たちがたくさん被害を受けたことから鵜住居地区の悲劇の防災センターとなっています。

津波のときは、誰もどうすることも出来なく助けられずに、ただただ人びとが溺れていくというのを見ているだけという悲惨な状況だったと思います。

お祈りさせて頂きお悔やみ申し上げました。

夕方からは、実際に波に呑み込まれ一時は生死を彷徨った前川智克さんの話と当時の映像を見ました。現在前川さんは、鵜住居まちづくり協議会の方です。

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鵜住居まちづくり協議会の前川さん

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仮設住宅が今も使われています

 

いろいろな話を聴かせて頂きました。震災直後から、土地自体のかさ上げや巨大堤防の建設が議論されたこと。また、ぼちぼちと商店街の復活が進んでいます。

その中でも、特に印象的だった話が津波てんでんこです。
この内容は以下の通りです。
Wikipediaでは「津波が来たら、取る物も取り敢えず、肉親にも構わずに、各自てんでんばらばらに一人で高台へと逃げろ」と説明されています。
つまり、自分の命は自分で守り抜けということです。てんでんばらばらという事は自分が一人になっても、また集団でも自分が違うと感じたら逃げる、集団行動は良く考えてから行うべきだということです。釜石の悲劇と対になる釜石の奇跡と言われるのもここからきています。
今回の前川さんのお話では、震災前後の状況や伝えにくい過去が聴けて凄く勉強になりました。

その後、夕方過ぎに間食等の購入をしてバス内で食べてから宝来館へと向かいました。 そして、17時に宝来館でチェックインをして、ツアー参加者の皆さんと改めて自己紹介をしました。

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一日目の宿泊先の宝来館。宝来館の女将の岩崎昭子さんは津波に巻き込まれています。
宝来館も避難場所に指定されています。こちらも波が一階まで浸水してしまいましたが裏山への避難が功を奏して宝来館に逃げた人たちの中では犠牲者はでなかったそうです。
その後19時頃に、鵜住居神社のお祭りに移動しました。

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徐々に復活しつつある伝統芸能「虎舞」を神社で見学しました。

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20時からは、宝来館にて夕食と入浴でした。

虎舞は伝統芸能で、2日目にみた鹿踊りと共に観光名物となっており、徐々に復活がされてきています。ちなみに、去年の大経生は、神社での虎舞や、栗林での鹿踊り等の伝統芸能は観ておらず、この学年が初めての代になったそうです。
夕食は凄く豪華でした。関西とは一味違い味がさっぱりしていて美味しかったです。
釜石ならではの特産商品や魚介類だけでなくご飯や揚げ物が確りしていて感動しました。
また、ボリュームもありデザートやお茶等も美味しく頂きました。

「感想」
今まで実際に震災現場に出向くことはなかったので、今回、宝来館や三陸ひとつなぎ自然学校の伊藤さんの話や、津波に巻き込まれた前川さんの生のお話をお伺いできて大変貴重な体験が出来ました。また、伝統芸能の虎舞は大変迫力があり寒さも吹き飛びました。
現場に到着して感じたのは寂しさです。
自販機が少なくコンビニや街灯が全然ないのに、車が多くて人通りがあまりなかったことが原因かもしれません。また、舗装が中途な土地があり、このことを考えると、津波が来る前は家や建物が沢山建っていたのだろうと思いました。
そして、仮設住宅がちらほらと見かけられ、復興は途中段階なのかもしれません。
もともとの地域住民の方たちの一部が、地元を離れて内陸部に引っ越していっているのもあります。しかし、虎舞や宝来館の女将や伊藤さん、前川さんの話を聴かせて頂いて、現場の視察だけでは不十分な内容や中身を理解することができました。
また、ボランティアでありフィールドワークでもある今回の活動は、やはり下調べがあればこそ効果を発揮し、実際に現場に赴いた際に自分たちが調べた内容をより深く理解できるものだと改めて感じました。
特に、自分が感銘を受けたのが、先代達の教えである「津波てんでんこ」です。東北の太平洋地域は遥か昔から津波と隣り合わせであり、現在までもその教えが受け継がれており、更に進化しています。後世にしっかりと託していくという思いをひしひしと身に感じました。また、津波到達点に石碑を建てておくことにより、今後の参考ポイントになったり避難地域の指定もしやすくなります。
最後に、3日という短い期間でありながらも、現場視察と当時の話と下調べがそれぞれ繋がり、今回のボランティアは大変良き経験になり有意義な活動となりました。

(撮影者・柏原誠)

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Filed under: イベント報告・ホームページ更新,東日本大震災支援 — aozorafoundation 公開日 2018年3月6日4:31 PM
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