(11) 震災からの再生 -西淀川ヒストリー 四、再生の時代-
西淀川公害訴訟の和解に向けた動きが急になっていた1995年1月17日、阪神淡路大震災が、大阪府内の西淀川区・此花区・豊中市などを襲いました。
戦後の都市化が急ピッチで進む時期に、「爆弾池」と呼ばれた軟弱地盤の上に急造された家屋に大きな被害が出た他、淀川の護岸もことごとく崩壊しました。
震災から1年半を経ても、仮設住宅での生活が強いられている公害患者も少なくありません。 震災を教訓に、人にやさしい街を再生していく必要があります。
阪神淡路大震災で破壊された道路・護岸
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